芸術分野におけるマイノリティの功績

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『LGBTは芸術的才能に恵まれている』

 

とは、よく言われることである。

 

もちろんLGBTでも全員が全員そうではない。

こちらの勝手な先入観であり、大多数の平凡なLGBT(性的少数者)の方々からすれば迷惑な話かもしれない。

それに、アーティストの中でLGBTの割合は突出して多いのか?と問われると、ハッキリした統計はない。

数字に裏付けされた確たる証拠はないのだ。

しかし、著名アーティストがカミングアウトすると目立つのは確かだ。

統計で証明されてないにせよ、割合が多いと感じるのは決して気のせいではないだろう。

 

近年、LGBTへの社会的理解度は昔に比べれば格段に改善されてきたが、歴史をみれば同性愛者は近代に至るまでかなり迫害されてきたようだ。

まぁ、宗教自体が、同性愛者を迫害せよなんて差別をワザワザ教典でうたってるので、歴史的に迫害されてきたのも不思議ではない。

厳格なイスラム教国では同性愛が発覚すれば厳罰に処すらしく、処刑も珍しくはないらしい。

キリスト教においても聖書では同性愛者は処刑にすべきなどの記述もあり、これまで現に白人社会でも迫害はあった。

同性愛に関して甘いというか、無頓着なのは仏教くらいだろうか。奈良時代とか、寺院の中で◯◯るのが流行ってたくらいだし。戦国時代でも大名が小姓と堂々と◯◯りまくってたらしい。我が国じゃ、昔から同性愛に関してはえらく寛容だったわけだ。

いやいや寛容どころではない。

「男色」こそが武家のたしなみ、って扱いの時代もあったんだから口あんぐり。

最近になってようやく欧米でもLGBTの人権保護や社会的地位向上が認められてきたが、我が国じゃ太古の昔から、んなもん堂々とやってまっせ、というわけだ。

 

まぁ、この寛容さは別に悪いことでも何でもないと思う。

我が国では性的マイノリティへの偏見が薄い証拠だ。

いや、関心が薄いといったほうが良いだろうか。

※イスラムの方が怖いのでこれ以上はやめときます。

 

現代では、世界的にとまでは言えないが、欧米をはじめLGBTは受け入れられる風潮ができ上がってきた。

これまで本性をひた隠しにしてきたアーティストたちも、勇気をもってカミングアウトできる土壌ができたというわけだ。

性的マイノリティのアーティストにはズバ抜けた芸術的才能がある、というのは、全くの偏見や見当違いな話ではない。

例えば、ゲイを隠しているミュージシャンであれば、社会的に抑圧された環境下で作詞作曲に勤しむわけである。

隠しているうちは作品が同性愛をうたったとバレないようにしなければならない。

同性愛者の感情を普通の歌詞に落とし込むというのは非常に難しいらしい。

しかし難しい一方で、完成すれば非常に個性的で芸術性に富む作品が出来上がるとも言われている。

「男が女を」「女が男を」に見せかけて「男が男を」「女が女を」想う歌詞を書くのだから、そりゃ独特の世界観がにじみ出るだろう。

性的マジョリティの人たちとは日常的に見ている光景が違うのだから、私たちからみれば彼らの作品が一風変わった趣のものに見えるのは当然だろう。

それはなにもミュージシャンに限らない。

 

文学だってそうだ。

ゲイ文学というジャンルがあるほどに、著名作家の多くはゲイを疑われる人が多い。

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日本で言えば、三島由紀夫、夏目漱石、川端康成、森鴎外。

文豪と呼ばれる偉大な作家のほとんどはゲイ文学を書いてる。

海外で言えば、ウィリアム・シェイクスピアやオスカー・ワイルド。

特にオスカー・ワイルドはガチ◯◯だったらしく、その作品の1つ「ドリアン・グレイの肖像」などまさにガチ◯◯文学だ。

そして『ムーミン』の作者であるトーベ・ヤンソンという女性もバイセクシャルだったらしい。

 

絵画の世界もそう。

私は絵の良し悪しなどまるでわからないが、ピカソを超えるとまで言われる20世紀の芸術家フランシス・ベーコンはガチで突っ走っていたそうだ。

 

外せないのはファッション界。

ファッション界のデザイナーともなると、石を投げればゲイに当たるといっても過言ではないほどゲイ率は高い。

「アルマーニ」のデザイナー、ジョルジョ・アルマーニ。
「シャネル」「フェンディ」のデザイナー、カール・ラガーフェルド。
「マイケル・コース」のデザイナー、マイケル・コース。

などなど、他にも枚挙に暇がない。

※まぁ、ファッション界のデザイナーって、いかにもって人が多いから不思議じゃないけど。

 

改めて見てみると、芸術分野においてLGBTの方々の果たしてきた功績は凄いものがある。

というか、性的マイノリティの方々を無視して芸術など語れないのだ。

 

でも、性的に一般的な多数派の人たちからすると、正直、自分の大好きなアーティストにカミングアウトされると少々ショックを受けるものである。

それは仕方のないことだと思う。

異性であれ同性であれ自分の憧れの存在が、自分とは性的嗜好が違うとなれば、憧れの対象から理解の及ばぬ宇宙人に変わってしまうように感じるのだ。

しかし、それは決して差別ではない。

 

私の経験上、憧れの対象が同性であるほうがショックが大きい。

例えば、私であれば、憧れの女性がレズビアンだとわかっても特になんとも思わない。

しかし、男から見てもカッコイイ男がゲイだとわかると少なからずショックを受ける。

この辺の感覚は女性は違うのかもしれないが。

 

例えば、『プリズンブレイク』のウェントワース・ミラー。

 

『プリズンブレイク』よく見てたけど、これほどのカリスマ的男前がゲイだとわかった時は、しばらく思考停止してしまった。

 

『ロード・オブ・ザ・リング』灰色のガンダルフこと、イアン・マッケラン卿。

 

 

 

古いけど、ダレン・ヘイズ。

 

『サヴェージ・ガーデン』よく聞いてたけど、この頃はまさかゲイだとは思わなかった。

のちにソロになった彼の姿を見た時に、改めて、やっぱりそうなんだと思った。

 

 

ラテンの貴公子、リッキー・マーティン。

 

 

「She Bangs」などドエロすぎるので、いかにもって感じだけど。

 

 

『She Bangs』こそまさしく、男の夢。

リッキーさんのセクシーなダンス力、最高です。

いや〜、自分はゲイだとカミングアウトされた時は頭ん中???でしたよ。

 

散々、性的マイノリティの方々の芸術的センスについて語ってきましたが、んな細かいことは気にする必要ないのである。

我々に感動を与えてくれるならば、それが誰の作品だろうが全く関係ない。

惜しみのないリスペクトをもって楽しめば良いのです。

 

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公務員でありながら公務員をこよなく嫌う社会不適合者。

ワーキングプア脱出のため、アレコレ考え実践しており、守備範囲は主に株式投資はじめお金に関すること。

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