日々雑感

父に祈りを

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2年前まではFC2ブログで吠えてたんだけど今は完全放置。屍状態で放置するのもアレなんで、この際アカウントを消すことにした。

 

消すにあたって、どうしても残しておかなきゃならん文章があるので、ここに残しておきたい。2年前に危篤状態のおやじの病室で書いた文章だ。ブログの趣旨とは関係ない内容だが、私がブログを書くキッカケとなったことでもあるんで。ちょいとばかりしんみりする内容です。

 

人の頭は都合よくできたもので、幸せな思い出は記憶に残るが、不幸な思い出は徐々に記憶から薄れていく。

 

苦しい思い出や辛い思い出ってものは、完全に忘れてしまうことは無いにせよ、ある程度記憶の中から薄まっていく。人は辛いままの状態では生きていけないからだ。それは人のもつ防衛本能なのかもしれない。時間が心を癒す、なんてのはまさにこの防衛本能の働きに違いない。

 

オレは今病室にいる。ゆっくり死へ向かうおやじと一緒だ。これから先何度も今この時を思い出すだろう。その時になって記憶があやふやになっているのは嫌だ。防衛本能とやらで記憶を薄められたくない。だから、今考えていることをここに綴っておきたい。

 

おやじは現在ゆっくりと死に向かっている。1年3ヵ月間の闘病生活を苦しみながら耐えてきた。
その苦しい闘病生活も去年の暮れに終わり、ここに書くのも嫌だが、あとは数ヵ月、いや下手をすれば一月未満の余命が残されているだけだ。

 

人は死ぬ間際、過去の思い出が走馬灯のように頭をよぎると言われているが、それは死んでいく人だけとは限らない。その人を大切に思う人達にとっても、同じ時間を過ごした思い出の日々が走馬灯のように頭をよぎる。

 

オレのおやじは善良で真面目で筋を通す男だ。仕事をしていた時は周囲からの信頼も厚かった。家族から見れば欠点もあったが、それを補って余りあるほどの長所があった。

 

最大の長所は、次の世代のオレたちにより良い環境をバトンタッチしようと常に考えてくれてたこと。実際、そうしてくれた。

 

確かに、次世代により良いバトンを渡そうとするのは現在を生きる者の責務ともいえるが、現実は必ずしもそうじゃない。その当たり前が出来ない親は掃いて捨てるほどいる。オレは運が良かった。おやじが人並み以上の生活と教育を与えてくれたからね。

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学校の成績はクソだったため、高校当時にはよくおやじとモメてたもんだ。当時は反発しまくった。おやじのようなクソマジメ人間にだけはなりたくないって。でも、改めて今、自分ってものを自己分析してみると、案外おやじの影響を受けてるんだなと感じる。おやじの短所・長所はジャンルの差こそあれど今の自分にも当てはまるんだ。マジメな点以外は。

 

親子なんだから当たり前だと言われればそれまでだが、わざわざこんなこと考えてしまうくらい、今は感傷的になってるのかもな。

 

おやじの死を認めるのが嫌で、今まであえて避けてきたんだけど、ついにおやじの葬式のための写真を探し始めた。

 

アルバムの中には古い写真から新しい写真までいろいろあった。おやじが今のオレよりも若かった頃から、1年前の元気だった頃の写真。たった1年前だぞ。

 

写真を見てると、ダムが堰を切ったように思い出が溢れてくる。おやじと一緒に過ごした子供の頃から今までの出来事がひたすら…。そんな思い出のすべてがオレにとっちゃあ、おやじそのものなんだろう。

 

でも、ふと若い頃のおやじの写真見てて気付いたことがある。オレの知らんおやじの姿がある。おやじにも青春時代はあったのか。当たり前か…。おかんとの幸せそうな新婚生活もある。付き合ってる時の写真まである。オレ以上にはっちゃけてるやん。いつからクソマジメにカスタマイズされたんだろう?

 

なるほど、そうかそうか。でも、これって子供からすれば、ついつい忘れてしまいがちなんだよなぁ。親はあくまで親。親っていう姿しか知らないもんな。おやじにだって今のオレと同じように活力に満ち溢れ、今よりも未来しか見ていない時代もあったわけだ。

 

でも、今のおやじの姿には、写真に写ってる当時の凛々しい面影なんてもう残っていない。

 

おやじは精神力が強くて最近までは気丈に振る舞っていたけど、闘病生活の終盤になるにつれ心がへし折られていった。回復できる希望が持てなくなったんだろう。自分の不幸を嘆いていた。

 

人生は無情だ。善良な人間が不幸になる一方、クソ野郎どもが平気な顔でのさばっている。

 

おやじは自分を不幸だと言ってたけど、オレはおやじの人生が不幸だったとは思わない。確かに苦労続きの人生ではあったけど、その中でも一瞬一瞬でも幸せを感じたことだって、何度もあったはずだ。

 

残された者が死にゆく者へ示す最大の誠意は何だろうかと常に考えてきた。もちろん、おやじの分まで生き抜くこと。そして、おやじができなかったことを成し遂げることだ。今まで精一杯生きてきた父に、より穏やかな死が訪れんことを。

 

2015年1月

 

原文はかなり散らかってたんで、原型を崩さないよう加筆修正を加えた。

 

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公務員でありながら公務員が大嫌いな完全社会不適合者。

 

 

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