お金の話

【間違えるな】お金持ちになれるのは、ストイックなまでの「禁欲マインド」をもつ者だけだ

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今回は、「貧乏父さん」「金持ち父さん」のマインドの違いについて述べてみようと思います。

至極まっとうな内容にもかかわらず、多くのマルチ商法に利用されたため価値にケチがつけられた、かの有名な書籍⤵︎

 

この補足版であるのを前提に、読み進めてください。

「強欲」なのはむしろ大衆である

 

高級ブランドに身を包み、バカ高い外車を乗り回し、夜は高級クラブに入り浸り、愛人にはマンションを買い与える。

性格は冷酷で残忍。従業員は搾取の対象でしかない。自分を有利にもってくためには、どんな汚い手も厭わぬ「拝金主義」にまみれた輩。

 

「お金持ち」に対する一般的なイメージってのは、だいたいこんな感じではないでしょうか。

「強欲+散財=お金持ち」

がステレオタイプというわけですね。

まぁ庶民の抱くイメージなんてのは、自分たちの願望に合わせて都合よくねじ曲げられている場合がほとんどです。その全ては現実から剥離してると考えて間違いない。

じゃあ、真の「お金持ち」の暮らしぶりはどうなのか?

というと、実際は強欲どころかむしろ禁欲的である場合が多いのです。無駄な支出はできるだけ抑え、所得の多くはリターンの見込める案件に投資するとか、暮らし向きは意外にも地味であるという。

お金持ちの関心の矛先は、「その支出にリターンはあるのか?」というこの一点のみです。

単なる消費活動がリターンを生まないのならば、彼らの「消耗品」に対する欲はゼロに等しい。

スーツを着るにわざわざ「BOSS」を選ぶ必要はないし、見栄えが立つ靴なら「リーガルシューズ」で十分。車は「ベントレー」である必要は全くなく、燃費の良いプリウスで十分じゃないかと。

強欲なのは、むしろ欲望のままに消費しまくる大衆側のほうなんですよ。自分の遺伝子を棚に上げ、大枚はたいて能力以上の教育を子供に施す、なんてのはまだマシで、なけなしの貯金を取り崩して地方から家族総出でディズニーランドに向かうなど、とにかく大衆というのは強欲で、身の丈以上の出費を好むものです。

都心のタワーマンションを購入する層の中でもっとも多いのが年収1,000万世帯であるように、可処分所得の多さに比例して、生活水準をもバリバリ上げるのが「大衆」というものです。

コンプレックスでもあるのかと。結果、気がつけば貯蓄がなかったとか、高額な住宅ローンに追われて逆に余裕がなくなるなど、高いツケを払わされるというね。

 

散財するのが「お金持ち」か?

「真のお金持ち」というのは、お金の扱いに長けているものです。

「金に金を産ませるのが資本主義の真髄」ということに、お金持ちはキチンと気づいている。そんな彼らが手持ちの資産をむざむざ「散財」するなど、普通に考えてあり得ない。

金持ち=浪費家?

ないない。

散財してるのは、むしろ庶民側なんですよ。パチンコ・宝くじ・飲み会・風俗通いなどなど、貧しい人に限って、一時の欲望に駆られるがまま「なけなしの金」を溶かしつづける。

もちろん、中には冒頭で述べたようなステレオタイプもいることでしょう。

たとえば、無能と散財でソニー創業の盛田一族を凋落させた2代目「盛田英夫」や、カジノにハマり106億もの損害を大王製紙グループに与えた創業家3代目「井川意高」などなど、確かに、お金持ちの中にもどアホはいます。

しかしながら、そういったボンクラを例に挙げて、「金持ち=強欲で散財」などと感情だけで決めつけるのは「ファスト思考」の最たるものです。

バカで終わりたくなくば、「ファスト思考」を減らし「スロー思考」を増やせ

「盛田英夫」や「井川意高」のようなタイプは割合としては少数派であります。金持ちクラスタの中では3流のカスでしかない。

一代でゼロから財を成すような人物は、強欲どころかむしろ「禁欲的」です。お金持ち或いは「お金持ち資質のある人」というのは、知性もさることながら、ストイックなまでに研ぎ澄まされた「使命感」を礎とした「高い精神性」の持ち主である場合が多いのです。

 

因果律

お金がないと嘆く人は多いけど、「そもそも、なぜ自分は貧乏なのか」ということをキチンと考えられる人は少ない。と僕は常々感じています。

貧乏人が貧乏人たる理由というものを、ここでまずハッキリさせておきましょう。

貧乏人の定義とは?

1.お金がない

イコール貧乏人、といえば確かにそうなんですが、「貧乏人」の定義としてはこれだけでは足りない。真の「貧乏人」を定義づけるには、財布の中身よりももっと決定的な要素があります。

2.知能が低い
3.精神が卑しい

そう、「金なし・頭なし・心なし」の3拍子そろってこそ、真の「貧乏人」といえるのではないでしょうか。ちなみに、この「貧乏人」という言葉は「大衆」とおきかえて差し支えありません。

大衆というものは、とにかく頭が悪いがゆえに学ぶ意欲がない。豊かになるための努力はおろか継続すらできず、クリエイティビティを生み出せない。精神が卑しいがゆえに他人を妬み足を引っ張る。そんな自分を無理矢理正当化しようとする。その結果として、お金が得られず「貧しくなる」というわけです。

というように、貧乏であるのはそうなるための原因があるのです。運の良し悪しで片付けられるのは災害や事故だけ。それ以外の身に降りかかる事象には因果律がシッカリと働いているものなのです。

じゃあ、貧乏人を貧乏たらしめる因果律とは一体何か?

もっとも大きな要因は、「マインド」でしょうか。

この「マインド」というのは、その後の行動に直結します。「貧乏マインド」が染み付いていれば、当然ながら金を遠ざけるような行動しかできません。努力がどうとか云々するまえに、そもそもお金を失う行動しかしないわけだから、金持ちになれないのは当然の帰結でありましょう。

貧乏人のマインド

じゃあ、この「貧乏マインド」とは一体なんなのか?

一例を挙げるとすれば、冒頭に述べた「お金持ち」への勝手な先入観でしょうか。

繰り返しますが、大衆からすれば、お金持ちなんてのは「嫉妬の対象」でしかありません。「嫉妬の対象」であるがゆえに、お金持ちを「憎むべきヒトデナシども」という虚像に仕立て上げようとするのです。

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金持ち=悪

であってもらわねば、大衆=貧乏人からすれば非常に都合が悪いわけです。

なぜか?

もし、金を持ってる上に「自分よりも頭が良く、精神も豊か」なんて人が目の前にいたらどうでしょうか?貧乏人からすれば、自分が如何に惨めであるかを痛感せざるを得なくなります。

そんなことは絶対に認められない。

もし認めてしまったら、その瞬間、アイデンティティが崩壊してまう。

とにかく、金持ちなんてのは貧乏人からすれば「強欲な悪人」であってもらわねば困るのです。みんなが叩きのめすべき共通の「わかりやすい悪党」でなくては、己の正当性が成り立たないからです。なにより精神の健全を保てない。

「半沢直樹」「ルーズヴェルト・ゲーム」など、池井戸潤の作品がえらく大衆ウケするのはこのためです。

強欲な権力者や資本家にひと泡ふかせるストーリーは、仮想とはいえ、自分の姿を投影することで日頃の鬱屈した妬みを晴らせるように感じられる。惨めな現実を逃避できる。大衆からすれば、それがたまらなく快感なのです。

 

じゃあ、リアルの「お金持ち」はどうなのか?

といいますと、残念ながら大衆の「願望」とは真逆で、大衆以上に精神が豊かで強欲どころか大変な倹約家である場合がほとんど。

貧乏人にとっては、まじで救いのない話でありますが、残念ながら、

これが現実です。

 

なぜ、貧乏人はお金がない上に頭が悪く、心までもが卑しいのか。なぜ、お金持ちはお金も知能も精神性も豊かなのか?

それを説明するには、資本主義が発展した歴史的背景から説明せねばなりません。

 

資本主義が大きく発展した歴史的背景

「資本主義が進行すれば貧富の格差は拡大する」とは、ここ数年の間でよく耳にするようになった言葉です。マタイ伝にある「富める者はますます富み、貧しき者は持っている物でさえ取りあげられる」が、より先鋭化して現代に顕現したというわけですね。

「格差を解消せぇや」とうるさくなったのは、2011年の「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」あたりではなかったかと思います。日本においても、「資本主義=拝金主義」というのが大衆の共通認識でありますね。

ところが歴史を見ると、資本主義がもっとも発展したのは実は、プロテスタント国など禁欲的な風潮が強い地域だったそうです。強欲に寛容な地域では、意外にも資本主義は発展しなかったそうです。

プロテスタントをぶち上げた人物といえば「ジャン・カルヴァン」です。歴史の教科書にも、宗教改革におけるマルティン・ルターと並ぶ立役者として出てくるので、ご存知の方も多いでしょう。

Embed from Getty Images
 

ただ、文部科学省認定の教科書はマジでクソなので、カルヴァン主義(プロテスタント)への記述といえば、「金儲けOKだったから、当時のスイスを中心に商売人の間で広まった。」程度でしかなかったはずです。

これでは、ローマ・カトリックとプロテスタント、一体どちらが堕落してたのかがよくわからず、プロテスタントの真髄というものが全く伝わらない。ハッキリいって、誤識を与えるレベルです。

プロテスタントというのは「超禁欲主義」なのであります。確かに、金儲けは尊いものとして認めていましたが、認めていたのはあくまで稼ぐことのみ。

稼いだその金を、欲望のままに散財することは固く禁じていました。

極端なくらいにね。

なんせ「ジャン・カルヴァン」という人物は、当時全ての人に禁欲生活をメチャクチャ強要しまくり逆らった奴は容赦無く火刑に処すなど、「禁欲」に対してはかなり過激な原理主義者でありましたからね。

彼=プロテスタントの主張をわかりやすくいうと、

ビジネスが上手くいったのであれば、それは「神から与えられた使命=天職」であるということだ。

その「天職」に巡り合えたというのは、この上なく幸運なことである。与えられた幸運を神に感謝しつつ、その才能を絶対に無駄にしてはならない。あとは脇目も振らずその「天職」に邁進しろ。

稼いだ金でリア充するのは正当な権利だと?

ふざけるな。

一心不乱に働くのがお前に与えられた使命であり、それを果たすことがお前の義務である。それが、お前の人生だ。

与えられた使命を果たすことが、神へのなによりの感謝の印なのだ。間違っても、

勘違いしてチョーシに乗るなよ?

 

真の資本主義の精神は「禁欲マインド」にこそ宿る

資本主義の総本山にして最大のプロテスタント国であるアメリカ。

アメリカの金持ちクラスタにおけるビジネスマンは、我が国の社畜が下を巻くほどのハードワーカーであるケースが多々あります。

彼らは平気で早朝6時にアポイントを入れてきたりとか、休日だろうが御構いなしにネット電話で商談入れるなど、オンオフの境目は無に等しい。僕自身もかなりのハードワーカーとの自負があるけれども、彼らに比べれば児戯に等しいレベルです。

アメリカン・ハードワーカーの化け物じみたメンタリティは、上記の「プロテスタンティズム」からきているのです。

そのストイックなほどに「禁欲的」で、究極ともいえる仕事への姿勢こそ、まさしく「ここまで資本主義を発展させた精神」といえるのではないでしょうか。

強欲だから金持ちになれるのではない。「使命感を備えた禁欲さ」=「精神性の高さ」こそが、金を呼び寄せ増殖させるのです。

 

本記事の参考書籍はこちら⤵︎ はっきりいってヤバい。

 

相変わらず加谷珪一さんの本は、内容といい読みやすさといい、圧倒されますね。

 

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公務員でありながら公務員が嫌いな完全社会不適合者。

 

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