歴史

自己犠牲はただの自己満足。見苦しいから今すぐやめろって話。

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Kindle Unlimited始めました。

 

Kindle Unlimitedとは月額980円の書籍読み放題サービスです。

 

とりあえず本をよく読むって方には、経済的に嬉しいサービスですよね。

 

しかしながら、現時点では読める書籍はまだまだ少ないですね。特にマンガとかね。

 

まぁ、少ない中でも読む価値のあるものもありましたので、ここで紹介しておきます。

 

 

『特攻の島』

大東亜戦争中の特攻隊を描いたマンガです。

太平洋戦争も佳境に入り、敗色濃厚となった日本側は「究極の自己犠牲」という美名で若者をたぶらかし、自爆という手段をもって死地へと送り込みはじめた。

神風特攻隊が散っていったのも、ちょうどこの時期だ。

 

『特攻の島』では、神風特攻隊とは違う、もう一つの特攻部隊を描いている。

 

それは、水中を主戦場とする特攻部隊。

 

その兵器は人間魚雷。名は『回天』

 

魚雷の命中率を上げるために、その内部に人を乗せて操縦させるという、人命軽視を極めた自爆兵器だ。

 

魚雷の内部に入り込み発射されるということは、まさしく死への片道切符。目標物に命中しようがしまいが、まず生還することはない。発射されたらそれでジ・エンドだ。

 

このマンガは、主人公の青年「渡辺」が回天隊への志願をするところから実際に発射されるところまでを描いた内容なわけだ。

 

作者の佐藤秀峰さんの作品は『ブラックジャックによろしく』をはじめ、熱苦しい内容ばかりなのだが、この『特攻の島』も例に漏れず、熱苦しくクソ重たい内容となっている。

 

いや、若い兵士が自ら死ぬためにこんな自爆兵器の操縦訓練に必死に取り組んだりなど、熱苦しいというよりもむしろ薄気味悪い内容だ。

 

物語の前半部分では、

「敵艦を葬ることが不利な戦局の打開となるならば、己の命を差し出すのも厭わぬ!」

なんて、究極の自己犠牲が描かれているのだが、後半に入ると少し様相が違ってくる。

 

日本の勝利云々以前に、意味もなく、取り敢えず敵を殺すために自分も死ぬ、という物騒な方向へと目的がブレてくる。

 

要は、死にたがりが望み通りに死んでいく、という物語だ。

 

何故そこまでムキになって死にたがるのか、全く理解できない。

日本人ならば誰しも神風特攻隊を語るとき、その大いなる自己犠牲精神を敬意を込めて褒め讃えるだろう。

 

でも、私は違う。

 

回天にしろ神風特攻隊にしろ、こちらの甚大な被害の割に戦果は大したことなかった。米軍にはカスリ傷程度のダメージしか与えていない。(恐怖心は植え付けたみたいだけど。)

戦局を変えるには程遠い戦果だったようだ。

 

ハッキリ言って、特攻隊員は犬死じゃないか。

 

それに気づいていたにも関わらず、犬死しろと命令を下す側も、命令通り自ら犬死へと向かう側も正気ではない。

 

敗色濃厚な当時のことだ。ひょっとすると、半ばヤケクソの「滅びの美学」が蔓延していたのではないか?

 

だとすれば、敗けるのも当然のことだ。本人達が滅びることを望んでいたってことだからね。

 

辛辣な言い方になるけど、

 

こんなこと言っちゃあ、怒る人も多いと思うけど、

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旧日本軍が自己陶酔で戦っていたのだとしたら、勝敗以前の問題だ。

 

こんなヤケクソともいえる心構えならば、そもそも最初から戦う資格すらなかったのかもしれない。

 

 

自己陶酔という悪癖は、現代においても残り続ける


命を差し出すほどの自己犠牲は、まるで宗教のように、人を陶酔させる何かがあるようだ。

 

陶酔した人は死ぬのが当然と頭に刷り込まれているため、頼んでもいないのに勝手に死地を探し始める。

 

結果、死ぬ必要のない者まで数多く死んでいき、その他関係ない者にまで死ぬのが当然といった無用の誤解を与えるようになる。

 

そんな自己陶酔からくる自爆行為を、現代人の我々は勇気ある行動と褒め称えるけど、

 

とてもじゃないが、正しいとは思えない。

 

私は超個人主義者なので、自己犠牲なんて全く理解できないし、理解したくない。

 

死んで国にご奉公なんて自己満足以外の何物でもなく、国に利用されただけだと思っている。

 

本当の意味でご奉仕したいのならば、生きてなければできないはずだ。

 

そして、こういった自己陶酔からくる自己犠牲ってゆーのは、今の日本社会でも随所に脈々と色濃く残っている。

 

現代でいえば、社畜や公僕の方々の働き方によく見られるだろう。

 

他人の分まで仕事を背負うことが組織人の模範のように扱われていたり、

 

家族との団欒など、プライベートを犠牲にしてまで仕事をすることが尊敬の対象となったり、

 

やる必要のない仕事にまで首を突っ込み、自分の貴重な時間を差し出すことが評価の対象となるなど、

 

程度の差はあれど、こういう自分を犠牲にしてまで仕事に邁進する人って、必ずどんな職場にもいるはずだ。

 

その精神的な根っこの部分は、戦時中の自爆者の自己陶酔と大して変わらないと思う。

 

こんな生き方しかできない人は不幸だ。

 

彼らは、身を粉にして働き組織へ貢献することしか興味がないし、むしろそれが当然だと思っている。

 

自分に酔っている証拠だ。

 

酔ってる者に何を言っても響くことはない。

 

自分の時間を大切にするよう説得しても耳を貸すことなど、まずないだろう。

 

彼らは自己陶酔しており感情的に生きているので、いくら合理的に説明したとしても理解されるはずがない。

 

それどころかむしろ、あまりに合理的過ぎると逆に軽蔑され、怒りを買うかもしれない。

 

結局、彼らに対しては、どうしてあげるのが良いのだろうか?

 

好きにさせるしかないだろう。

 

気がすむまで、必要以上に働かせてあげることだ。

 

そして、そのパフォーマンスに対しては惜しみない賛辞を与えること。

 

この賛辞こそが、彼らの望んでいることであり、精神的な栄養なのだから。

 

特攻隊員といい組織人といい、日本人は今も昔もあまり変わっていない。

 

 

 

しかし、

 

時代は着々と超個人主義へと向かっている。

 

自己犠牲を良しとする文化など破壊されるは目に見えている。

 

・組織への忠誠

・(上から与えられた)お仕事至上主義

 

あなた方の拠り所とするアイデンティティはこの二つだろう。

 

こんなものは無価値なものとされ、いずれ徹底的に破壊される時が来るのだ。

 

一体、あなた方は、いつになったら気づくのだろうか?

 

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