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国家公務員を辞めて1年2ヶ月が経過した。

公務員当時と今とでは、労働環境から僕の内面に至るまで、えらく変わったように思う。

公務員を辞めて、超安定した職を捨てて、実際どうなのか?

後悔してないのか?

案外楽しくやってるのか?

今回はそのへんのことを書いてみようと思う。

 

国家公務員(防衛省)の良さとは

公務員の良さとは言うまでもなく「安定」にある。

給料体系は大企業の平均をベースにしており、贅沢しなければ十分食える額が毎月定日に振り込まれる。

給料以外の見えない保障も充実しており、とくに福利厚生や保険に関しては、民間企業に比べれば年間20万円以上は安く済ませられる。

仕事面においてはどうだろうか。

公務員の部署や会社にもよるので、どちらがラクかは人それぞれだろう。が、やはり公務員のルーチンワークのほうがラクかもしれない。

ルーチンワークとはいえ僕のいた部署はなかなか大変だったが、生産性を求められない点では精神的にはラクだった。

労働環境面についてはどうだろう。滅茶苦茶な上司もいたが、周囲の同僚は「いい奴」が多かったように思う。

そう、基本的に公務員は「いい奴」が多い。売上を求められない環境にいると、やはり皆どこかおっとりしているものだ。

当時の先輩・同僚と会い話をすると、なにか強烈な懐かしさを感じる。安堵を感じる。

仕事で愚痴る彼らの姿が、昔の自分をみてるようで、どこか可愛く思えて仕方がない。

そして、それが決して戻れはしない過去のものだと思うと、少しばかり寂しくなる。

 

企業の良さとは

「報酬は能力に応じて支払われるべき」が、新人時代から僕の中にあった。

何もせずとも定額が振り込まれることに違和感を感じていた。国に高額で養ってもらうことに、優越感よりも強烈なコンプレックスを感じていた。

己の力で稼ぐ世界に惹かれていた。

だからこそ、結局は去る選択をしたわけだが、それは僕の人生においては「避けようのない運命」だったと思っている。

そして今は経営コンサル会社。資本主義の最前線にいる。

コンサル会社に入る前に営業会社を挟んでいるが、その営業会社は規模がでかいだけで、事業の将来性を見抜けない3流組織だった。

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近視眼的で長期戦略もクソもない3流組織というのは、残念ながら、職員も中身のないチャラチャラした3流人間が多い。

その3流会社を辞め、気づけば今、僕より優れた人間に囲まれている。民間企業といっても本当に様々である。

コンサル業の忙しさは公務員時代の激務に匹敵するものがあるが、それでもピーク時にはまだまだ程遠い。つまり、やれることはまだまだある。

なにより「テクノロジーに沿った販売促進・マーケティング」という、僕の適性に合う分野で勝負させてくれることはありがたいことだ。

とはいえ理不尽な要求は山盛りで、売上を上げるのも本当に大変だ。

腹立つことも多いが、健康な身体と集中して取り組める仕事があるというのは、それだけで幸せなことなのかもしれない。

公務員も、今思えば楽しかった。今はあの頃より大変だが、今は今でそこそこ楽しんでやってる。

 

どちらが良いかは人それぞれ

公務員を去ったことで、たくさん失敗した。恥ずかしい思いもしてきた。

でも、そうした失敗から多くのことを学んだ。

人は新しいことをやろうとすれば必ず失敗する。でも失敗するからこそ、次は失敗しないように学ぶことができる。

人生は危険の連続かもしれないが、失敗から学ぶ姿勢さえあれば、より良い方向に向かっていくと僕は信じている。

てなことは、人は誰でも幼いうちから気づいている。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず」のことわざどおり、危険を恐れていては何も手に入らない。

ヨチヨチ歩き始める頃から、僕らはみんな、危険を恐れず果敢にチャレンジしてきたはずだ。

でも大人になると、それを忘れる。チャレンジすることを急に恐れ始める。

「失敗するな」と、社会から強大なる無言の圧力がかかるからだ。

無難に生きることが幸せなら、それはそれで悪いことじゃない。

でも現状に物足りなさや虚しさを感じるのなら、何かを始めてみるのは決して悪いことじゃない。

仕事嫌なら辞めろとか転職しろなんて極端なことは言わない。

スポーツでも趣味でもなんでもいい。ほんの些細なことでいい。

やりたかったことにまずは取り組んでみることだ。殻を叩いてみることだ。

 

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