これまで書評記事をとおして、多くの書籍を紹介してきました。当ブログで紹介した書籍は全て、僕自身が心の底から「読まなきゃ損!」と感じた良書ばかりです。
良書を見つけるには、常日頃からいろんな本に触れ、熟読し、見る目を肥やさなければなりません。そして情報を正しくアウトプットするには、内容を誰よりも深く理解していなければならない。
とんでもない時間と労力がかかります。
でも、そうした活動を地道に続けることで、伴という人間に対する信用を積み上げることができるのです。少しずつではありますが、僕のブランド力が醸成されていく。
これが僕の戦略です。
ただ稼ぎたいがためだけに、使ってもいないモノやサービスを胡散臭いセールスライティングで仰々しく紹介する「アフィカスブロガーども」とは一線を画す。
これが、当ブログの運営方針です。
今回は、平山夢明氏の傑作『ダイナー』を紹介したいと思います。この『ダイナー』こそ、プロ作家の卓越した文章力・表現力というものを体験できる究極の一冊であります。
なにより、文句なしにおもしろい。
簡単なあらすじ紹介
実はこの『ダイナー』、最近ヤンジャンでも連載が始まっておりまして、雰囲気に多少の違いはあれどマンガ版も小説版の世界観をおおむね踏襲しています。ヤンジャン読者であれば、「さわり程度なら、なんとなくわかる」という方も多いのではないでしょうか。
ここでは『ダイナー』を全くご存知ない方のために、改めて、物語のさわりだけを簡単に述べておきます。
【求む運転手。報酬30万。軽リスクあり。】
仕事内容は、とある2人組の男女を車に乗せ東京駅まで送る。たったこれだけで報酬30万。驚くほど簡単な仕事だ。ほんの出来心から、これに安易に手を出してしまった貧乏OLのカナコ。
ところがその仕事、実際は、ヤクザから金を奪ったカップルを運ぶための逃走用ドライバーだった。軽リスクどころか危険極まりない内容だ。
あっけなくも、強盗は失敗。
ヤクザに刺されたのだろう男の服は血まみれだ。瀕死の男を抱えて女が車に乗り込んでくる。
「何やってんのよ!!バカ女!!」「早く出せぇ!!」
呆然としていたカナコは我にかえり、事情を飲み込めないままに車をかっ飛ばした。
しかしながら、素人がヤクザから逃げられるわけもなく逃走劇もあえなく失敗。カナコと強盗カップルはヤクザに拉致られてしまう。
捕えられた3人は凄惨な拷問にかけられることになった。男は死亡。カナコと強盗の女は人身売買のオークションにかけられることになる。
そこで買い手がつけば生きられるチャンスはある。が、買い手がつかなければ終わりだ。頭を割られて埋められてしまう。
運が悪いことに、殴られすぎて顔が腫れまくってるためカナコと強盗女にはなかなか買い手がつかない。
このままじゃ殺される!
「わたしは…料理が上手いんだから!」オークション終了間際、焦ったカナコは決死のアピールをする。が、それでも買い手はつかない。
カナコの頭にスコップが振り下ろされようとしたまさにその瞬間、とあるレストランからカナコに指名がついた。
助かった…。
安堵したカナコだったが、残念ながら、そこは人身売買オークション。落札者にまともな買い手などいるわけがない。
カナコを買った料理人は『ボンベロ』と名乗った。凄腕の料理人であると同時に凄腕の元殺し屋らしい。
ボンベロの店は会員制で、驚くべきことに、殺し屋相手に料理を振る舞う殺し屋専門のダイナーだという。当然ながら、来る客は全て現役の殺し屋のみというとんでもないレストランだ。
そのダイナーにてカナコはウェイトレスとして働かされることになるわけだが、ボンベロの人使いの荒さは想像を絶していた。過労死寸前まで追い込まれるカナコだったが、試練はそこで終わらない。当然のごとく、客=殺し屋からもことごとく命を狙われる。
仕事をミスればボンベロからも殺されかねない。
文字どおり「生死を賭けて」仕事に臨まなければならないカナコ。
残酷で個性豊かだが、それぞれ悲しいバックボーンをもつ殺し屋たちとその人間模様。
最強の殺し屋でもあり天才料理人でもある「ボンベロ」とは何者か?
徐々に明らかにされるカナコ自身の壮絶な過去。そして彼女が見せる意外な才能とは?
ボンベロにあらわれる意外な変化とは?
『ダイナー』から学ぶ、わかりやすくも美しい文章
『ダイナー』には様々なシーンが美しく描写されています。中でも特に目を奪われるのが、ボンベロの作る超絶料理です。
メルティ・リッチ
ふかふかの茶色いバンズとその間にぎっしり詰まった新鮮な野菜にジューシーなパティ、それらを包み込んでいるチーズ。
口の中にバンズの甘みが広がり、コクと旨味が舌と喉を圧倒した。あまりの美味しさに髪の毛が逆立った。
究極の六倍
モゴモゴとした音でしかなかったが無意識に口がそう言っていた。温かい肉のすべてが別々の味を主張している。
甘み、コク、深み、塩気をたっぷり含んだ肉が呆気に取られるほど柔らかく、しかし噛めば反発しながら詰まっている豊潤な肉汁を染み出させた。
「メルティ・リッチ」「究極の六倍」とは、作中に出てくるボンベロの超絶バーガーです。
グルメ記事は世の中に溢れていますが、ここまで読み手の想像力を掻き立てる文章はそうはありません。ハンバーガーの魅力を文章力だけでこれほどリアルに表現できるのは平山氏だけではないでしょうか。
ゴーゴンの髪
熱してとろとろになったゴルゴンゾーラ・チーズを熱々のパティにまんべんなく掛け回すとバンズで蓋をした。
湯気があがり、白いチーズがパティ、レタス、トマトを覆い、プレートの上にまで溢れ出し伸びる。それはまるで触手や女の髪が広がっていくようにみえた。
圧巻です。
「幸福とは、美味いものを貪る瞬間にある」を地でいく表現力。
文章を際立たせるのに難しい言葉はいらないのです。ある程度の語彙力は必要でしょうが、平山氏の文章からは難しい単語は一切出てきません。
誰でも読み易く!というユーザビリティからきているのでしょうが、ありふれた単語でもつなぎ方次第で美しい文体に仕上げられる。それが、この「ダイナー」では証明されています。
・同じ語尾が続けば残念な文章になる。
・一文が無駄に長いと文章は間延びし説得力がなくなる。
とはよく言われる文章の基本的な技法ですが、言葉と言葉をキレイにつなげるだけで、そんな小手先のテクニックなど笑い飛ばせるだけの素晴らしい文章が仕上がるのです。
残酷な描写をも美しく紡ぐ、平山夢明の高等テクニック
平山夢明の真骨頂はグロ表現にあります。
あまりにも卓越した文章技術で描写されるため、皮肉にも、どんな凄惨なシーンでも読み手にはありありと想像できてしまうのです。
『ダイナー』は彼の作品(ホラーばかり)の中では異色の部類でありますが、卓越したグロ表現がふんだんに盛り込まれているのには違いはありません。
私はキッドがこしらえたものを見て、舌の上にマッカランが逆流してくるのを感じた。
銀色に光る磨き上げられた島台の上にはローソクの代わりに切り落とされた指の並んだデコレーションケーキがあり、周りには抜いたばかりの歯がちりばめられている。
スポンジにはクリームが多少塗りつけてあったが、白い上に血が散らばってしまい余計にグロテスクに見えた。真ん中には切り取った舌が乗せてある。
超絶バーガーを描ききったあの技法で、残酷なグロシーンをも同様に鮮明に描ききっています。
その残酷なシーンがリアルに想像できてしまうので、受け付けられない人は多いのではないでしょうか。
「ボンベロと寝たりしたら、もししていたら残念だけど許さない。
あなた、生きたまま自分の腸で首を絞められるのがどんなに辛いかわかる?膣から子宮を抉りだした後で腹壁を突き破ってわたしはあなたにそれをするわ。大抵は死ぬ前に痛みで頭が狂うみたい、ゲラゲラ笑うわ。」
『炎眉』という殺し屋の女がカナコに囁いたセリフです。
登場人物は基本全員サイコ野郎です。まともな人物は一切出てこない。耐性のない方にはキツいかもしれませんね。
それでも、めちゃくちゃ面白いのは保証します。
良書には純金の価値がある
ネット環境が発達した現代では、「読書」が侮られている。本を読むのは時間の無駄だ、とまで言われる始末だ。
知りたければ、「ググれば何でも書いてある」と彼らは言うが、それは間違っている。
「良書には純金の価値がある」ことに、彼らは気づいていないだけだ。
— 伴 (@patoriot82) 2017年8月11日
最近、「本読むなんて時間がもったいない」「知りたいことがあるなら、ググりゃええやないか」という方が増えてきましたね。
なめてるのか?
本物の「知識」は良書を読むことでしか得られません。確かにネット上にも良い情報が転がってますが、物事を体系的に学ぶにはウェブサイトじゃ限界があるのです。
そして忘れて欲しくないのは、本を書けるのはとても優秀な人間だけだということです。ボンクラに文章は書けません。とりわけ良書には優秀な作者自身のノウハウや、普通では経験し得ないような濃い体験や考え方が詰まっている。
優秀な人間の知識やノウハウがたかだか数千円払うだけで手に入るのであれば、それは「買い」なのです。