歴史への関心はかなり強い方だと思っている。古代史から現代史まで全般的に好きだが、とくに僕の関心を引くのが近代史だ。
近代の先駆けともいえる「フランス革命」には、今でも並々ならぬ関心がある。
ブルボン王家はじめ王党派を徹底的に断頭台に送り込み抹殺した、あの血みどろの歴史。
王侯貴族や聖職者のやり過ぎが原因なのは間違いなく、引きずり降ろされたのも仕方のない話だが、国民側は
やり返しすぎた
やがてはオルレアン公や急進派のロベス・ピエールまでが断頭台に散るという、当時の狂った群集心理の恐ろしさには、今でも鳥肌が立つほどだ。
幸せといえる人は、当時どれくらいいたんだろうか?
もしタイムスリップできるとしたら、僕は間違いなく1792年のフランスに行くだろう。
当時のフランス国民と話してみたい。
何をどんなふうに考えているのか?
レ・ミゼラブルにユゴーが書いてるのは本当か?
いや、話しかける前に東洋の猿の僕は殺されて終わりかもしれん。なんてことをよく妄想してる。
人類史における最も重要な出来事であると同時に、人類最大の汚点の1つが「フランス革命」だ。
フランス革命に関する情報を見るたび、僕は陰鬱な気分にしかならんわけだが、だからこそ目を離せないってのもある。怖いもの見たさってやつだ。
今回は、そうしたフランス革命についてアレコレ述べてみたい。
フランス革命を無条件に賛美する創価学会
先日創価信者の方の家に寄った際、池田大作著の「波乱万丈のナポレオン」という本が目に付いた。
実はこの本、大学の頃に僕は一度読んでいる。内容は、はっきりいってゴミだ。
とくに歴史の真理を探究する人からすれば、思わず焚書したくなるほどの駄本だろう。ナポレオンの偉業にしかフォーカスせず、肝心の負の面には一切触れていない。
あろうことか、ナポレオン・ボナパルトと池田大作や戸田城聖を無理くり、無理くり、無理くりリンクさせるという、読んでて片腹痛すぎる内容である。
信者を増やすために、こうした「民衆による革命」を池田大作はやたら賛美しているが、許せないのはフランス革命への身勝手すぎる解釈だ。
「民衆の勝利だ!」などと無条件に讃えている自称平和主義者の大作氏に、当時の人権を完全無視した地獄絵図と「ギロチン」に関してはどう思うのか?と問うてみたい。
かと思いきや、1983年にはルーマニアの独裁者チャウシェスクを表敬訪問し大絶賛するなど、まったく意味がわからない御仁である。
その後チャウシェスクがどうなったかは周知の事実。
不思議な御仁だ。あれは教祖というよりもアーティストの類と考えたほうがいいのかもしれない。
ベルサイユの薔薇にみるフランス革命
「ベルサイユの薔薇」は小学生の頃、再放送を録画してよく見ていた馴染深いアニメだ。これが僕とフランス革命の出会いといってもいいだろう。
この記事の読者は9割がた男だろうが、男性諸君はこの「ベル薔薇」を単なる少女漫画と侮らないほうがいい。
フィクションでありながらも史実に忠実であろうとする、そして著者なりのフランス革命への考え方が伝わる骨太のアニメである。
ベルサイユの薔薇は、アンシャンレジームからフランス革命前夜までを描いた話だ。
主人公オスカルは貴族の生まれで剣術の達人。クールな見た目と熱いハートをもつ男装の麗人である。
その剣術の才をルイ15世に買われ、王太子妃の近衛隊長に抜擢される。その王太子妃こそマリー・アントワネット。
アントワネットには忠誠を尽くすオスカルだが、特権階級(第一身分)の退廃ぶりには徐々に嫌悪感が増幅していき、貴族でありながらも、やがては国民側に立っていく。
国民側には立つが、マリー・アントワネットへの忠義は変わらない。
王党派と国民議会の間をなんとか取りなそうとするオスカルの、複雑で熱い心境を描いたアニメ。それが「ベルサイユの薔薇」だ。
王侯貴族は悪どく、国民側はやたら美化されるというバイアスがあるけど、深い内容なのは間違いない。
HULUでストリーミング視聴できるので、懐かしさもあり改めて見ているが、小学生当時と今とでは解釈の仕方が全く違うのが面白い。
見ごたえのあるアニメだ。