
今回は、ある不思議な話を紹介したい。
「これはすごい!とんでもない店だ!」
その店に入るなり感じた第一印象はこれだった。
そこは近頃流行りの「風俗バー」
ただのバーではない。
そのコンセプトは様々な時代のリアルな演出だ。
平安時代から昭和初期まで、いろんな種類の時代の演出が選べる。
好みの時代を選ぶと、それぞれの部屋に案内されるというわけだ。
しかし、平安時代や江戸時代ではあまりに古すぎてバーにそぐわないのではなかろうか?
ってことで、ここは無難に昭和初期にしてみたわけだ。
ドアを開けた瞬間、度肝を抜かれた。
いやはや、このクオリティは素晴らしい。
これぞまさにノスタルジーというべきか、本当にタイムスリップしたような錯覚を覚えるのだ。
ホステスさん達の髪型は、昭和初期の女学生をイメージした三つ編みから、成熟した女性に流行ったパーマネントウェーブまで実にリアルだ。
その服装も下着のようなワンピースや、膝下まである長いスカートなど、当時の装いをそのまんま体現している。
流れる曲は誰の歌かわからないが、古いシャンソンのような、やや不気味な曲。
しかも、なんとレコードじゃないか!
その横には蓄音機まであるぞ!
ここまでリアルさを追求するなんて脱帽モノだ。経営者はさぞかしマニアックな方だろう。
好奇心と興奮を抑えきれず、男はカウンターに座る。
男「生中ください。」
ホステス「お客様??」
男「ビールだよ。ビールをお願いします。」
ホステス「ヱビスビールでよろしいでしょうか?」
男「あぁ、はい。」
男「メニューを見る限り日本酒かビールしかないようですね?ウィスキーかカクテルはないのかな?」
言った瞬間、ホステス達や客がギョッとした顔で一斉にこちらを見た。
ホステス「お客様、コクテール(カクテル)もウェスキーも置いてません。こういう時代ですし…。」
顔を近づけてきたホステスを見ると、思わずギョッとした。
ボソボソと囁くように話すが、こちらを睨みつけ戒めるような形相だ。
(あぁ、そうか!)
(太平洋戦争最中をイメージしてるってわけね! それは失礼しました。)
大人しくビールを飲みながら、その場の雰囲気を楽しもうとしたが、何か少し引っかかるものがある。
リアルを追求するのは良いが、客にまで徹底的に雰囲気を強要するのは、接客上どうなのよ?
大袈裟すぎるのも考えものだよな…。
まぁ、これはこれで楽しいし、こんな経験は滅多に出来ないこと。
演技者の1人になりきろうじゃないか。
そうして、昭和初期の雰囲気を楽しみつつ、カウンターでビールと日本酒を煽り続けた。
さて、もう帰ろうかという時に、後ろのテーブルに座る軍服を着た若い男2人が何やらモメ始めた。
「皇国である我が大日本帝國が負けるだと!? 後方でぬくぬく酒を飲む貴様がそれを言うか!?この卑怯者めが!」
「ここで酒を飲むのが罪なら貴様も同罪よな?それにオレは負けるとは言うとらん。あくまで可能性の話だ!」
摑み合いのケンカが始まった。
(おいおい、いくらなんでも、これはやり過ぎだろ)
ここまでの過剰演出にはさすがに引いてしまった。
2人の間に割り込みケンカを遮る。
男「はいはい、日本は負けちゃいました。今の日本人は皆アメリカ大好きですよ。この話はもう終わりにしましょうね。それより終電間に合います?」
その瞬間、店内は静まり返り、全員の目がこちらを向く。
今度は男2人が血相を変えて詰め寄ってくる。
「貴様…、今、何と言った?」
足を払われ転んだところを、ステッキでめった打ちに殴られる。
(なんだ、コイツら!?)
男「警察呼んでくれ!!」
しかし、その場の誰もが、助けようとするどころか侮蔑を込めた冷ややかな目線を向けてくるだけ。
「警察行きは、貴様だ! この非国民めが!」
この瞬間、男の脳裏にある疑問が出た。
(これって、まさか…??)
やがて憲兵が到着し取調室まで連行されることになるのだが、バーから外に連れ出された際、驚くべき光景が目に入った。
そこにあるのはオフィス街ではなく、木造の宿場町のようだ。土ほこりの舞う舗装されていない道路だった。
呆然としながら男は憲兵に両脇を押さえつけられながら、古臭く旧式然としたジープに乗せられることになる。
はるか昔に読んだ、小松左京氏の短編小説『風俗バー』
確か、こんな内容だったかな。
タイムスリップを題材した物語です。
興味のある方は是非古本屋で探してみてください。