オピニオン

「傲慢」を抑え込む必要性|強烈な「エゴ」がクリエイティビティを蝕む

スポンサードリンク

 

「Twitterってのは基本ダメ出しメディアなんですよ。こんなイタいことしてる奴いるぞ!とね。」

とは宇野常寛氏のセリフであります。

まぁSNS自体がエゴ発信の場ではあるんですが、中でもTwitterは特にひどいですね。

潜在する「エゴ」を遠慮なくさらけ出すのを許された、まさに「アナーキー」ともいうべきプラットフォーム。

エゴとは何か?を知りたければ、ツイッターのタイムラインを眺めればすぐにわかりますよ。アカウントにもよりますが、リアルじゃとても口に出せないような罵詈雑言や中傷、悪意が日々平然と垂れ流されているという。

イスラム原理主義者がテロを煽り、そのリクルートを行っていたのも、何を隠そうこのTwitterであります。

べつに否定したいわけではありません。

SNSはもはや現代人には欠かせない社会インフラであり、計り知れないメリットがあるのも事実です。

実生活ではまず辿り着かないであろう情報にも、SNSに飛び込むことで容易く入手できる。良い繋がりが少なからず生まれているのも、僕はちゃんと知ってる。

が、その反面、少しの油断で簡単に「エゴ」という名のダークサイドに堕ちてしまうデメリットがあるのもこれまた事実。

波状攻撃の如く次々押し寄せる「エゴ」の前に、僕を含め多くの方は簡単に染まってしまう。

 

控えろ

 

なんてキレイゴトを言うつもりはありませんよ。散々クソ発言を垂れ流してきた僕には説教する資格はない。

1.潜在するダークサイドをとことんさらけ出す
2.承認欲求を得ることに快感を覚える

というのが人の性なのであれば、匿名性のあるSNSが「クソの投げ合い」に溢れるのはもはや必然。

しかも、それが喜ばれ・歓迎される今のこの風潮を考えれば、警戒するどころか進んでそれに浸ろうとするのも、ある意味仕方がないことであります。

(あかんよな)ってのはわかってはいるんだけど、そこを上手く修正できるのは聖人君子だけ。僕を含め大多数は、それが上手くできるようプログラムされていません。

かといって、「エゴ」に完全に身を委ねるわけにはいかない。

全てを消せないにしても、エゴを抑え込む努力はある程度必要なのではないか。

 

才覚ある人間は「エゴ」とは無縁でいられない

特に「才能・野心・能力に恵まれた人」はエゴに飲まれやすいように見えますね。

才覚ある人は優秀であるがゆえに他者の拙さが目につき、「己の優生」が嫌でも自覚できてしまう。

自ら努力し結果をねじ伏せてきたというバックボーンの積み重ねが、今の確固たる自信と自負に繋がっているのであれば、なおさらでしょう。自信と自負がそのまま「エゴ」に直結する。

これはある意味仕方ないことなのかもしれない。

上述の宇野常寛氏にしても、優れた知能と才覚をおもちなのは周知の通りですが、やはりエゴとは無縁ではいられないように見受けられます。

現に反発に対してはまるで容赦のない反撃を、主義主張の異なる相手には苛烈な人格攻撃を必要以上に加えてますね。

意見を率直に述べるられるのは素晴らしいことでしょう。建設的な反論意見があれば、それは毅然と返して然るべきだ。

それは優秀な人に与えられた社会的責務です。

エゴが全てダメとは言いません。

才覚ある人が将来の成功を考え・行動し・生み出し・現に成功まで至るのは、こうした「エゴ」のおかげでもあるのだから。

「強烈なエゴ」こそが、「モチベーション」と「飽くなき情熱」を生み出す原動力となっているのも事実なのだから。

強すぎるエゴには人を惹きつける力があるため、影響力も期待できることでしょう。論に正当性があればカリスマ性をも醸し出せるので、ネットでの評価はうなぎ上りだ。

が、そうしたメリットがある反面デメリットもしっかりある。「強すぎるエゴ」は諸刃の剣だということを忘れてはいけません。

強すぎるエゴは、長期的に見れば人生に悪影響を与えます。

過剰なエゴで過剰に化粧し続けるのは傍目が思う以上にパワーを要しますが、それに終始するだけでは、いずれは飽きられ呆れられる。

いずれ、労力に見合った成果が得られなくなるのは目に見えており、今度は葛藤と渇望に苦しむハメになることでしょう。

 

「自分は偉大であると思うようになったら、クリエイティビティは死んだも同然よ」

マリーナ・アブラモヴィッチ

※アブラモヴィッチ氏に関しては、こちらの記事を参考に⤵︎

アーティストは6時間、自ら肉体を差し出した
 

スポンサードリンク

 

過剰なエゴは、最も貴重ともいえる「他者からのフィードバック」を遮断します。

傲慢が改善の邪魔をする。恵まれた才覚を曇らせ、せっかくのギフト(才能)が十分に発揮されない。

敵がいないなんてことは人生においてはまず有り得なくて、特に才能・能力・実行力に恵まれている方は、敵対者は常人よりもはるかに多いことでしょう。

過剰なエゴに身を任せていると、必要以上に敵を生み出すことになります。本来は敵ではない人からも敬遠され、得るべきチャンスをも失うハメになる。

それは、あまりにも大き過ぎる損失ではないでしょうか。

 

謙虚さ=己の実力を見定める能力

強すぎるエゴは「自分の実力を見定める能力」を曇らせます。過剰なエゴは、今の自分の実力を実物以上に錯覚させるのです。

であれば、この「己の実力を見定める能力」というスキルを身につけることこそが、人生においては何より重要なのではないかと僕は考えます。

今の自分を見定めるには、当然ながら「謙虚さ」が必要になりましょう。その「謙虚さ」を身につけるには、エゴを抑え込む必要があると。

「謙虚さ」こそが日本人の美点とされているのは自他ともに認めるところですが、外面的な「へり下り」のみを取り上げて謙虚とするのは正確ではないでしょう。

そもそも「謙虚さ」は日本人の専売特許ではありませんから。

本当の意味での「謙虚さ」とは、「強すぎるエゴ」を緩和する技術のことだと僕は考えます。

その技術こそが、エゴまみれの現代においては、真の大成へと繋がる「羅針盤」の役割を果たしてくれるのではないか。

とくに転職で未知の分野に踏み込む僕にとっては、今こそ、この「羅針盤」を見直すことが改めて必要だと感じています。

 

 

1年ほど前に出会った良書ですが、これまで3度読み返してきました。

何度も読み返しているにもかかわらず全く反映されていないのは、当ブログの読者の方々はよくご存知でしょう。

というようにあまり変わっていないし、今後も変わらないかもしれない。

が、こうした「羅針盤」があるということだけは忘れないようにしていきたい。

最近は、尊敬する知人がデール・カーネギーの名著「人を動かす」を紹介されていたので、専らそれを読みふけっていますが、

この名著の教えを体得するにも、事前知識としてこの「エゴを抑える技術」が必要だと痛感しています。

 

スポンサードリンク

関連記事

  1. オピニオン

    仕事ができない人に共通する5つの理由と改善方法をマジで考えた

    一概に公務員といっても、その仕事内容は多種多様で楽な仕事もあればキツい…

  2. オピニオン

    嫌われたくない人に贈りたい|人生に必要なものは嫌われてもいい覚悟だけ

    とにかく「人間関係」が重要視されるのが日本社会です…

  3. オピニオン

    不労所得 年間40万の僕が語る。副業や投資が必須な理由。

    『労働は尊いもの』日本には労働を賛美する変な風潮が…

  4. オピニオン

    団体行動や集団生活は金にならないので、なじめなくて正解。

    「団体行動できない奴は社会人失格」てな風潮には、ほとほ…

  5. オピニオン

    才能がない凡人が「天才」に勝てるたった一つの方法

    言うまでもないことでしょうが、『努力と結果は必ずし…

プロフィール

 

 

管理人の伴です。
 

 

公務員でありながら公務員が嫌いな完全社会不適合者。

 

ワーキングプア脱出のため、アレコレ考え実践しています。守備範囲は主に株式投資・経済・社畜論。

 

若干貧しく育ったためか貧困問題にはやたらと敏感。コンプレックスの裏返しか。

 
雑学王を自称してます。
 

【好きなもの】
アップル製品、マクドナルド、ドリップコーヒー、クレジットカード、自慢の腕時計、自慢の革靴。

 

【嫌いなもの】
公務員、クソ上司、クソ真面目な人。

 

 

詳しいプロフィールはこちら

 

 

 

友だち追加

PAGE TOP