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大人になるにつれ友達が減る理由

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同窓会を否定するつもりはありません。あってもいいとは思いますよ。

久しく会ってない昔の親友たちに再会するのは、たまらなく新鮮で刺激的ですからね。

(あれから元気にしてたのか?)
(彼らは今何をしているのか?)

積もる話もあると思う。

みんな、どんなオトナになってるのか?

互いに昔と今のギャップを確認し合うのが楽しみだ。「懐かしさ」と「思い出話」で、イベント当日はさぞかし盛り上がるに違いない。

てな期待に胸を膨らませているからこそ、多くの人は「同窓会」に惹かれるのではないでしょうか。

 

同窓会がイマイチな理由

残念ながら、そうした期待に応えてくれるほど「リアル」はやさしくありません。

まぁ再会すればしたで、「感動」なんかも少なからずあるんでしょうね。当時の思い出が蘇り、場も大いに盛り上がるのではないか。

が、昔の「思い出」や「懐かしさ」程度で繕えるほど「大人になった今の関係」は単純じゃない。

ハイテンションで引っ張れるのはせいぜい最初の1時間だけですよ。

途中であなたは気づくはずです。

この「盛り上がり」は昔の純粋なリア充とは全くの別物だ。偽りだということに。

過去の美化された部分だけを都合よくほじくり返してるに過ぎない。唯一の共通点は「思い出」。それ以外に互いに共感し合えるものは何もないのだと。

そう気づいた瞬間から、以降の時間はおそろしく退屈なものとなるでしょう。

リアルの話題となれば「しょーもない愚痴」のオンパレードで、話もどこか噛み合わない。

当初のあの意気込みはどこへやら、時間が経つごとに互いへの関心は徐々に薄れ、帰り際は驚くほど無関心になっているという。

結局、「時間無駄にしたわ…」と言い表しようのない「虚しさ」を覚えながら帰途につく。

てのが、同窓会参加の一般的な「オチ」なのではないでしょうか。

 

なぜか?

 

一体なぜ、昔の友人に会うとクソな気分になってしまうのか?

それは、彼らがもはや友達ではないからです。

彼らと友達でいられたのは、あくまでガキの頃のハナシであり、今のあなたには、彼らと友達であり続ける「理由」が無いのです。

彼らが親友なのはあくまで「過去のあなた」にとってであり、あなたが彼らの親友であるのは、あくまで「過去の彼ら」にとってであります。

「今のあなた」や「今の彼ら」にとっては、今のお互いは単なる知り合いにすぎない。

当たり前ですよ。

お互い、その後の「生き方」がまるで違うんだから。

その現実に気づかず、とうに消え去った・ありもしない「友情」に安易にすがろうとするから、失望に見舞われるのです。

ガキの頃の付き合い方のまま安易に接するから、しっぺ返しを食らうのです。

 

友達の定義

ガキの友情と大人の交友は違うんですよ。

ガキの頃に友達をつくりやすいのは、目標や価値観を共有しやすいから。

ガキの「立場」は基本的にフラットです。多少のスクールカーストはあれど、基本的には横並びであるため、同じ目的を共有しやすく「共感」を得やすい。

だから、ガキは友達をつくりやすいのです。

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が、大人となれば事情がまるで違います。

価値観や目的は極めてバラバラ。おかれた「立場」ってのも、それぞれ個々に異なる。となれば、おいそれとは友達関係などできやしません(利害関係があればまた別か)。

大人同士が友達になるには、

人間性がまとも
同じ価値観を共有している
設定する目標が近いところにある
能力が同水準

少なくとも、これら4点においての互いのレベルが同水準であることが必要です。

いずれかが合わなければ、互いの間に「尊敬」が生まれない。互いの間に「尊敬」がなければ、当然、友達になどなれやしません。

しかも上記4項目は時とともに刻々変わる。となれば、「友達」なんざそう簡単にできるわけがないし、維持できるものではないのです。

地方のマイルドヤンキーの交友関係がガキの頃から変わらないのは、精神性がガキのままでいられるからであります。だから、彼らはいつまでも仲間意識を保っていられる。

が、社会の修羅場をくぐり抜け、人の薄汚さを知り尽くしている大人はそうはいかない。

 

成長するにつれ友達は減っていくもの

組織でよくある「派閥」ね。

アレを交友関係と考える奴は、よほどの「お人好し」か「頭が足らん」かのどちらかでしょう。

わかってるとは思いますが、あんなものは己の居場所を快適にするために、互いに利用しあってるだけにすぎない。間違っても友達などではありません。

繰り返しますが、大人同士で友達関係を築くには、人間性・価値観・目標・能力が近しいところにあり、尚且つ、グリフィスではありませんが「互いに高め合っていけるような対等な存在」でなければならないのです。

そして、そういう存在には滅多に出会えないと。運良く出会えたとしても、4つの均衡が崩れれば、その瞬間からは友達とは呼べなくなる。

出世コースにのったエリートサラリーマンやキャリア官僚、人を動かす立場にある起業家に友達が少ないのは、こうした理由からなのです。

人は成長すればするほどに友達は減り、孤独になっていくものなのです。

逆に大人になってまで「友達づくり」や「つながり」に励むような人は、「頭が悪い」「精神性が幼稚」であるといえるのではないでしょうか。

 

「だいたいさあ。いい大人でそれなりの立場で仕事していて、お金ももっているような人が、友達友達なんて言うかよ?」

出典:お金持ちの教科書

 

とは、作家兼タレントの室井佑月さんのセリフです。元銀座のホステスとして濃い経験を重ねてきた彼女のこの「さりげない一言」にこそ、全てが集約されているのではないでしょうか。

 

ちなみに性根が劣悪な人間はこの限りではありません。

社会性にも欠けている(であろう)彼らは、友達云々以前に人との関わり自体を望むべきではないと考えます。

 

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