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精神論を完全否定する奴は一流にはなれない

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「精神論」や「根性論」は全否定されるような風潮を感じます。若い世代にはすこぶるウケが悪く、特に20代の若者からは相当にウザがられる始末です。

たしかにブラック企業などでは、社員を潰れるまで酷使する上での常套手段が「精神論」であったりしますから、否定したい気持ちはよくわかりますよ。

が、少々行き過ぎでは?とも感じています。精神論は全否定するにはあたらない。

なぜか?

「精神論」というのは、然るべき時に正しく使えば、大きな成功への決定打にも繋がるから。いや、成功への決定打こそが精神論であるからです。

 

忌み嫌われるに至った経緯

精神論や根性論がここまで忌み嫌われてしまったのは、使い方を誤る馬鹿者どもが後を絶たないからです。

 

バカ代表・ブラック企業

ご存知のとおり、ブラック組織では社員を鼓舞するため常時洗脳教育がおこなわれています。

 

理由は単純。洗脳しちゃえば文句言わなくなるから。

 

そして、洗脳の際によく用いられるのが、精神論と根性論です。もはや常套手段と化してますね。

 

洗脳に成功すれば、どんな無茶苦茶な要求でも「そんなもんだ」と思わせることができる。ほっといてもサービス残業とかバシバシやってくれるし、周囲に同調圧力もかけてくれる。雇用側としては笑いが止まらないでしょう。

 

20〜30年前に流行った「モーレツ社員」とか「企業戦士」などという言葉、覚えてる方も多いと思います。僕は子供だったけどギリギリ記憶に残ってます。アレこそが、まさに洗脳が生み出した究極の姿です。

 

信じられないかもしれないけど、当時はこのモーレツ社員や企業戦士こそが最高にクールで、リーマンのあるべき姿、みたいな風潮があったようです。精神論や根性論が横行してたというか、むしろ、

 

国家単位で精神論と根性論のみで生きてた時代

 

…ですね。営業マンが5円の利益を得るために夜通し働き、それを誇っていたのもこの時代です。

 

まさに日本全国、非合理の塊、ブラック一色だったというわけ。

 

やり過ぎた?

そこまで働かなきゃならない社会が持続するわけないんですよ。価値観の変遷と社会のIT化により、精神論はただのブラックな価値観へと堕とされます。

 

あたりまえだ。

 

新人の段階からいきなり「気合いと根性で乗り切れ!」などと言われても、鼓舞されるどころか心へし折られるだけでしょう。どう考えても持続可能な働き方じゃない。とんでもなくストレスかかるし、メチャクチャ消耗する。早死にする原因です。

 

ブラック企業がブラックたる所以は、何でもかんでも精神論を持ち込む点なのです。

 

何でもそうだけど蔓延しすぎると陳腐化する。当然、精神論も陳腐化しました。アホなことしたらすぐにウェブ上で叩かれるからね。

 

最近では、電◯とか自殺者を出したことでネット上で勤務体制の是非が問われ大炎上となりましたよね。僕の職場なんて年に一人は自殺者出てるので、拡散した方がいいのかもしれない。

 

というように精神論は、社員を潰すような価値観まで堕とされ邪悪な概念にまで堕ちたわけです。その理由は、

 

やりすぎたから。

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無能な奴に限って精神論を否定したがる

それでも僕は、精神論を全否定するのを全否定する。

 

それは、精神論と努力は同義と考えるからです。精神論を全否定することは、努力までをも全否定するにつながる。

 

精神論大嫌いな人の中には、快適な職務環境を求めてるだけの無能な連中が少なからずいるんですよね。彼らは単に努力するのが嫌なだけなんですよ。だから、精神論ダセーウゼーとか安易にほざく。ロクに仕事できないくせにね。

 

そもそも、努力や苦労もなく回せる仕事なんてこの世にあるのかな?知的労働にしろ肉体労働にしろ、金を稼ぐなら相応の苦痛は伴うものでしょう。知恵も力もない者が人生イージーモードでいられるほど世の中甘いのか?

 

努力や自己研鑽から逃れるために精神論を引き合いに出すのは間違っている。偉そうに批判する前に、まずは、相応のパフォーマンスを示してみろ。

 

精神論が必要になる時はある

精神論が必要になる時は現にあります。それは、理屈を超えた精神力こそが成否を左右する時。そしてそれは、大抵プロジェクトの最終局面に訪れる。

 

どういうことか。

 

例を挙げれば、現在の僕は庁舎内において最も重たい業務を一人で統括しています。若手や古手がブラックだと根をあげる姿を尻目に、彼らの3倍の業務量を3倍の正確性で爆速で回してるわけ。

 

大変だとは感じています。そんな状況でも、基本的に僕は精神論は一切持ち込まない。疲れるだけだし無駄だから。

 

そのかわり、タスク管理を厳格化し、常に理詰めに攻めています。そこに根性は要りません。人よりも早く捌くには、無駄な作業を減らし、期限を厳格化し、徹底的に合理的に攻めればいいだけですから。

 

ところがプロジェクトの最終局面に差しかかるにつれ、様々な追加が生じたり誤算が生じます。どんなに理詰めに理詰めを重ねようともです。期限が守れるかどうかは一気に不透明化する。

 

必死にやってるけど成否が読めない。

 

いつものようにゴールが見えない。

 

自分のやってることが正しいかわからない。

 

といった状況にしばしば襲われる。この時こそが精神論の出番です。

 

とりあえず目の前のタスクを片付ける。がむしゃらに目の前の難題に取り組む。そんな極限状況では合理性のカケラもありません。とりあえず何でもいいからやる。やる。やる!

 

結果的には、それが成果として現れてきます。最悪の局面からの打開策を見出すことができるのです。

 

もし諦めてれば、おそらく最悪の結末を迎えるしかなかったかもしれない。

 

精神論を完全否定する人は、最終局面での粘りを見せることができないのです。精神論を全否定しながらプロジェクトを大成功できた人は、少なくとも僕は今まで見たことがない。

 

どんな事でもあてまる

最終局面こそは精神論でしか乗り切れない。

 

あてはまるのは公務員だけではありません。サラリーマンでも同様だと考えます。勉強だって同じことだ。

 

フリーランスや起業家であればなおさらでしょう。彼らは物事の成否が運に左右されることも多いがゆえに、そのプレッシャーは僕らの比ではないはず。現に、彼らに成功をもたらした決定打こそ、泥くさい精神論であると考えています。

 

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