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嫌われたくない人に贈りたい|人生に必要なものは嫌われてもいい覚悟だけ

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とにかく「人間関係」が重要視されるのが日本社会です。

社会のあらゆる場面で「人間関係」は重んじられ、それがなければ成立しない仕事はいまだ多い。就職するにしても、業務遂行能力以前にまずはコミュ力という名の「良好な人間関係」を築く力が強く求められます。

これは日本に限った話ではなく、外国でも同じでしょう。文化は違えども、人間社会である以上、社会は人間関係で支えられているのです。いかにIT化が進もうとも、どんな国であれ社会の根幹部分では人同士の摩擦という泥臭い場面が必ずあるのです。

ただ、日本はひどい。

そんな泥臭い社会を渡る方法は、

1.反論の余地を与えないほどの圧倒的なパフォーマンスを示す

2.「良好な人間関係」を普段から築くことで、あらかじめ根回しする

のどちらかしかありません。の戦法が取れるのは高スペックな方に限られます。高スペックでない凡人はの戦法をとらざるを得ないのが現実でしょう。

しかしながら、この「良好な人間関係を築く」というのが難儀な作業なのです。仕事を辞める上でもっとも多い理由が『職場の人間関係』であるように、相手と「良好な関係を築く」のは膨大なストレスのかかる作業なのであります。

それでも、多くの人は「良好な人間関係を保つ」ほうが「悪化した人間関係」よりもマシだと考える。だから、なるべく多くの人と仲良くしようと努めるのではないでしょうか。

 

人間関係に依存するのは「下策」であると僕は考えます。

 

敵を作らまいとする姿勢は立派ですが、その努力に見合うメリットはあるかといわれれば、「ない」といわざるを得ません。とらわれすぎるほどに精神を激しく消耗するのみ。

人間関係のもつれとは、互いが意識し合ってはじめて生じるものです。僕は職場で嫌われてますが、僕を嫌いな人たちからすれば僕との人間関係はこじれてることになります。現に、彼らは僕との関わりを断とうと日々消耗している(ように見える)。

しかしながら、彼らのことなどそもそも眼中にない僕からすれば、彼らとは関係がもつれたとはならないわけです。彼らの言動など気にもとめていませんからね。だから、彼らとも普通に接することができる。

人の価値観は十人十色。価値観が違えば摩擦は必ず起こります。であれば、「みんなと仲良くする」ことのほうがむしろ不自然だといえるでしょう。

であれば、人生に必要なのは「嫌われてもいい」という覚悟だけなのではないか。と僕は思うのです。

人間関係を損切りできない理由

そもそも、僕らはなぜ良好な人間関係を求めるのか?なぜ人はやたらと人間関係を重視し、関係が壊れるのを嫌がるのか?

その原因は、「和をもって貴し」という日本的価値観にあると考えます。

 

1.学校教育

人間関係を必要以上に大切にする。その原因は学校教育にあります。「みんなと仲良くしなさい。」と、みなさん親や先生から散々教わってきたことでしょう。僕の子供時代も、ケンカをするたびに「なぜ仲良くできないのか?」と先生に怒られ、通報を受けた親からも殴られました。どんな理由があったにしても、先に手を出した僕が悪いのだと。

これは一見正しいことのように思えるでしょう。でもこれは間違っています。大間違いだ。

仲良くすべきでない人間は確実にいるのです。

仲良くすべきでない人間は子供社会であろうが一定数います。大人社会は言うまでもありません。精神性が悪辣な子や、他人を利用することしか考えない卑劣な子供は必ずいるのです。

こういう人間とは、むしろ距離を置かなければならない。関わればこちらの人生が危険にさらされます。危機回避のためにも、おかしな人間からは積極的に距離を置かなければならないのです。根本的に価値観が合わない人とも無理に「仲良く」する必要はないでしょう。

ところが学校側は、そんなことお構い無しに「みんなと仲良くしろ」としか主張しない。教師というのは立場上理想論しか語れないのもあるのでしょうが、彼らはとにかく現実からとことん目を背ける傾向があります。わかっててやってるのか?だとすれば教育者としては失格です。

みんなと仲良くした結果、グレて「いじめ」の片棒を担がされたりしたらどうなるのか?人の良さにつけ込む輩は必ずいます。クズどもに寄生され身も心も金までも搾取されればどうなるのか?

「みんなと仲良くしろ」と主張するのであれば、それが招く結果にも学校側は責任をもつべきでしょう。

でも学校側は決して責任を負わない。間違いを謝罪するどころか、逆に搾取された側を「世間知らず」などと責め立てる始末です。

「みんなと仲良くする」は究極の自己犠牲といえるでしょう。その間違った自己犠牲の代償を払わされるのは、学校の教えに素直に従った子供達なのです。

 

2.社会からの悪影響

「みんなと仲良くしろ」が現実に沿っていないのは明らかです。

教育の人格形成に与える影響は大きく、こうした教えを子供時分から叩き込まれてきたが故に、多くの日本人は大人になってからもその影響から逃れられない。

就職後もパワハラ上司や悪辣な同僚に対して「No」が言えない。善悪の区別ができず同調圧力に容易に屈する。間違った相手を批判するどころか、自分の主張を述べることにすら恐怖を覚える。

だから周囲と仲良くしようとする。その方が楽だから。

嫌でも「同調」しなきゃならないストレスはあるでしょうが、「衝突」するストレスよりはマシだと考えているのかもしれません。

たしかに、折り合いのつかない相手と対立するのはすさまじいストレスを覚えるでしょう。でも対立すれば決別することが可能になります。そして決別ができれば相手とのストレスはそこで終えることができる。

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長い目で見れば、ずるずる同調し続けるほうが抱えるストレスはずっと大きいのです。

しかしながら多くの日本人はそこに気づかない。否、気づいても実行できる勇気がない。結果、合理よりも感情を優先し、精神を無駄に消耗し続けやがては鬱に陥る。

日本が強度のストレス社会であるといわれていますが、その根本的な原因がこれなのです。

 

人間関係に依存してはいけない

「みんなと仲良くする」や「人間関係を良好に保つ」のは、「人間関係に依存する」のと同義であります。

「人間関係にストレス抱えたくない」と本気で思うのなら、まずは人間関係に依存するのをやめなければなりません。依存をやめるとは、どういうことか?

『嫌われようが気にしない』

このマインドを手に入れることです。

嫌われたくないがためだけに嫌いな奴にもゴマをすり、合わない奴とも合わせようとする。そんな生き方が素晴らしいとは思わない。デメリットしかない。

 

デメリット1  嫌われない生き方は信用されない

そう、信用できない。誰の意見にも賛同するような輩は信用できないんですよ。

表だっては派閥の従順な追従者を装い、裏では派閥への批判者の意見にも賛同する。こんな二枚舌を誰が信用するというのか。

本当に付き合うべき素晴らしい人たちからも信用を失い相手にされなくなる。人的損失としてこれほど大きな損失はないでしょう。

 

デメリット2  嫌われない生き方は面白くない

自分の意見をもてば、必ずや誰かから嫌われることを自覚してください。

A
あくまで私の意見なんだけど‥‥だと思う。あくまで私の意見だけどね!

 

この手の会話を耳にすることが多いと思いますが、これは典型的な「嫌われたくない」人の吐くセリフです。ぱっと見、自分の意見を言ってるように聞こえますが違います。もし反対意見が出ればそれに従いまっせ、という極めて卑怯な姿勢です。

 

B
それはあなた一人の意見でしょう。決めつけは良くありません。
C
世の中いろんな意見があることを認めよう。

 

こう語るのは、決まって周囲を敵に回すのを恐れる人たちです。決めつける=自分の意見を押し通そうとすれば、必ず敵をつくることになります。敵をつくるのを恐れる彼らは「決めつける」のが怖くて怖くて仕方ないのです。

彼らには何も生産することができない。なぜか?彼らのベクトルは、あくまで敵を作らない方向に向いているからです。少なくとも、有意義な何かを生産することには向いていない。つまり、

仕事ができない。

そんな彼らをディスカッションに加えるべきではないでしょう。もし、リーダーがこの手のタイプであれば悲劇です。間違いなく会議は長引く。周囲の意見を尊重するばかりで「結論」に導くことができません。

 

誰からも嫌われないは有り得ない。

「誰からも嫌われない」は有り得ないんですよ。どんな良い人でも、必ず誰かから嫌われてるものです。一人も敵がいないなんて人はまずいません。

嫌われたくないといくら気張ったところで、それに共感してくれる人は驚くほど少ないのであります。なぜか?嫌われたくないと頑張れば頑張るほど、うさんくさく見えるからです。

僕は敵だらけですが、善人であるみなさんとて必ず誰かから嫌われているはずです。

誰からも嫌われたくないと、みんなと仲良くしようと周りに気を配ったところで無駄です。「良い子ちゃん」を演じて批判の矛先をかわそうと試みても、今度はそれが鼻につくと嫌われコケにされる。どう足掻こうが、敵は必ず現れるのです。

どんなにあがいても敵は消えないのであれば、嫌われないよう努力するのは無意味な行動であるといえるでしょう。

 

『嫌われてもいい』がもたらすメリット

嫌われたっていいのであります。完全に開き直ることができれば、まず心が軽くなります。

人から嫌われるのに抵抗がなくなれば、まず他人に対し必要以上に気を使うことがなくなります。これだけで、大半のストレスから解放されるでしょう。

「他人に気を使わずにすむ」ということは「自分の意見を堂々と主張できる」ということです。「自分の意見を堂々と主張できる」ということは、そう、自由になれるのです。

人の顔色ばかりうかがう生き方は奴隷の生き方です。あなた方は奴隷ですか?いいえ、あなた方は奴隷ではありません。幸せを追求する権利を保証された人間です。

自由な人間は、息をするように自分の意見を吐けるものです。他人がどう思うかなど一切気にしません。

 

人間関係の最適化

人から嫌われることに抵抗がなくなれば、人間関係を最適化できます。

価値観が合わなければ無理して会話をしなくなります。気を配ることもない。付き合う必要すらないことに気づくことができます。

そのスタンスで臨めば当然ながら、あなたと「合わない」人たちはあなたの元から去っていく。多くの人が去っていくでしょう。

寂しいですか?いいえ、寂しがる必要はありません。あなたの元に最後に残った人こそが、あなたにとって本当に必要な人間関係だからです。

そう、「嫌われてもいい」と思うことで人間関係の最適化がはかれるのです。

 

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プロフィール

 

 

管理人の伴です。
 

 

公務員でありながら公務員が嫌いな完全社会不適合者。

 

ワーキングプア脱出のため、アレコレ考え実践しています。守備範囲は主に株式投資・経済・社畜論。

 

若干貧しく育ったためか貧困問題にはやたらと敏感。コンプレックスの裏返しか。

 
雑学王を自称してます。
 

【好きなもの】
アップル製品、マクドナルド、ドリップコーヒー、クレジットカード、自慢の腕時計、自慢の革靴。

 

【嫌いなもの】
公務員、クソ上司、クソ真面目な人。

 

 

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