巷では「恋愛に関しては、女性よりも男性のほうが未練がましい」よく言われている。
それが本当かどうかは男の僕にはわからないし、それは性別というより人によるのではないか。
とはいえ、僕自身が女を引きずるタイプなので、男性のほうが未練がましいというのは、案外真理なのかもしれない。
基本僕は人間関係に関してはドライに努めている。特に女性に対してはなるべく距離を置くよう徹している。
が、それは照れ屋なのと揉めるのが嫌なだけで、本当の僕はといえば、人に対しては結構ウェットな部類だ。
仕事で疲れ果てた時、ストレス緩和のために、僕は静かに目を閉じるクセがある。瞑想だ。
その際によく出てくるのが20代後半頃の光景。頭も金も何もなく、体力と根性だけで必死にもがくだけだった、若かりしあの頃。
テキトーで雑に生きていたが、それが妙に楽しかったあの当時。ちょうど10年前のことだ。
元カノ
家族がかけがえのない存在なのは間違いないし、現に今も心の底から大切に思っている。
だが瞑想する際、たまーに、ある決まった人が出てくる。
元カノだ。
10年前に付き合っていた、3つばかり年上の彼女。なぜか最近はとくに、僕の瞑想に彼女がよく現れる。
今の嫁と知り合う前、僕には大好きだった彼女がいた。
結婚するのが当然だと信じて疑わなかった。それくらい当時の僕は彼女にぞっこんだった。彼女もそうだと信じていた。
今振り返ると、今の殺伐とした姿からは考えられないほど、当時のぼくは情熱的でウブだったと思う。
しかしながら、恋愛というものは燃え上れば燃え上がるほど、成就するケースは少ない。
男女の関係は互いの思いが同じ程度である間は問題ないが、釣り合いが崩れた瞬間から、破綻へと向かいはじめる。
僕らの関係も、なかなかに不安定なものだった。彼女の僕への思いよりも、僕の彼女への思いの方が強かったように思う。
その後、僕らの関係は意見の食い違いを皮切りに、徐々に悪化していった。
意見の食い違いといっても、今思い返せば、些細ないざこざだ。だが、当時の僕らにとっては、それが大きな「溝」に感じられた。
…
連絡を取り合うのを敢えて避けるかのように、徐々に、僕らは距離をとるようになる。
以前の盛り上がりからは信じられないほど、あの子との「別れ」は呆気ないものだった。
終わったな。
経験者はわかると思うが、未練タラタラな中、自分を偽り無理に納得させるのは、なかなかにしんどい作業である。
そうして関係に終止符をうったわけだが、男女関係の終わりに、本当の意味での「納得」はない。
納得してないものを無理やり納得するという、あの強烈なストレスが深刻な「未練」と化したのか、
10年後の今でも、ふと思い出してしまう始末。情けない話である。
関係が終わって3ヶ月後、僕は転勤が決まった。
彼女にはメールで一言さよならを告げた。返事はあったが、よく覚えていない。終わりだ。その後10年間、一切連絡をしていない。
どんなに苦い思い出であれ、歳月が流れるごとに、それは「美しい思い出」に変わっていくものである。
都合の悪い記憶は、いずれかの時点で忘れるか妙に美化されるようにできている。人は辛いままでは生きていけないからだ。
それが、人に備わる防衛本能である。
当時の苦い思い出は、皮肉なことに、今では逆境と挫折と挑戦を繰り返すバーサーカーと化した僕の心を癒す糧となっている。
過去の美化された思い出を精神の拠り所とするのは、僕だけではないだろう。
特定の記憶に限り、どういうわけか繰り返し思い出し、気がつけばそれに浸ってる。そうした経験は誰しもにあるはずだ。
繰り返し思い出すということは、その当時が「自分の人生において最も輝いていた時期」として、記憶に焼き付いているからだ。
最も幸せを感じていたからからこそ、当時の思い出が走馬灯のように頭をよぎるのである。
当時とほぼ変わらぬ容姿で現れる奇跡
10年前に別れた彼女。
彼女は金沢のとある雑貨屋の店員さんだった。
偶然にも、先日、金沢に行く機会ができたので、約10年ぶりに、あの思い出深い地域に足を運んでみることにした。
金沢はとても文化的で美しい街である。
駅を降りた瞬間、懐かしさがこみ上げてくる。心に染みるものがある。
この街で暮らしたのは、たった3年だ。
短い期間ではあったが、ここ金沢での暮らしが、僕の人格形成にも影響を与えたのは間違いない。
北陸新幹線の開通で駅周辺はすっかり様変わりしている。が、基本的な街の景観は変わっていない。
20代後半の頃の素晴らしい思い出で満ち溢れている。
「東茶屋街」や「浅野川」周辺、野田町近辺など、物思いに耽りながら散策した。
金沢は美意識の高い街なので、ユニークな雑貨屋が点々とある。元カノの働いていた雑貨屋に足を運んだのは、偶然ではない。
雑貨屋は今もちゃんと残っていた。
…
しんしんと雪が降る中、雑貨屋の向かいのカフェで温かいコーヒーをすすりながら、彼女が仕事を終えるのを待つ。
あれが、当時の僕にとっては最高のひと時だったなぁと。
そのカフェはさすがに廃業していた。今ではコンビニに変わってしまっている。時の流れを感じる。寂しさを禁じ得ない。
懐かしさに浸りながら、隣にある、あの懐かしい雑貨屋に足を踏み入れたその瞬間、凍りついた。
彼女らしき女性がおる
何の冗談かと。こんな個人の雑貨屋で、10年も働く人がどこにいる?
ここで会うなんて、ちょいと出来過ぎじゃないか?と。
でも実際、そこにいるのは彼女
いやいや驚いた!間違いない。死角から強烈なアッパーお見舞いされた感覚だ。
しかも驚いたことに、彼女の姿は10年前とそれほど変わっていない。
髪型はボブカット。中肉中背で均整のとれたスタイル。上品な薄化粧。淡いピンクの口紅。
さすがに多少老けはしたのだろうが、雰囲気そのものは当時と何一つ変わっていない。
ほぼ当時のままの姿・あの頃と同じ姿勢でカウンター越しに立ってる。
未練たらたらで頭に浮かんでいたあの女が、当時とほぼ変わらない姿で、こうして僕の目の前にいると。
夢か現か幻か
こみ上げそうになるのを必死で抑え、一度店を出る。
社会の冷たさ・クソさ・素晴らしさを見続け、大概のことには驚かないと思っていたが、この時ばかりは激しく動揺した。
これまでのとは、まるで質の違う動揺だ。
彼女もすぐ僕に気づいた。彼女も驚いたようだ。
か細い目を見開き、口を両手でおさえながら、
彼女「お久しぶりです…」