ライティング

悪魔は「細部」に宿る|読まれる文章の書き方とwebライティングの技法

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『文章』は読まれてなんぼであります。読まれない文章には価値がありません。

「(読まれなくても)自分が納得できればそれでいいんじゃね?」ってのは「拙さ」への言い訳で、

そもそも気にしないのであれば、ウェブ上に公開する必要はないと思うし、そこをわざわざ「お披露目」するということは、(多くの人に見てもらいたい=認められたい)との欲求があるからでしょう。

強がってはいけない。

認めてください。ブログを書いてる以上は記事が読まれたくて仕方ないんだってことを。

 

とはいえ、素人の駄文がやすやすと読まれるほどネットは甘くありません。ブログ記事が読まれないのには、ざっと以下の理由が考えられます。

1.タメにならない(ニーズに合ってない)
2.面白くない(orうさんくさい)
3.ライティングが拙い(書くのがヘタクソ)

タメにならなくとも面白ければ読まれるし、まぁ文章がヘタクソでも、多くの人のニーズに合った内容ならそれなりに読まれるでしょうね。
※ちなみに「面白さ」は「ライティング力」である程度カバー可能

が、タメにならない・面白くない・文章ヘタクソと三拍子揃えば読まれることはまずありませんよ。ええ、絶望的に読まれない。

読まれたいのであれば、読まれない原因を改善する必要があります。自分の拙さを無理くり正当化してるうちは、いくら量を書き殴ったところでブログは向上しません。

文章に価値を吹き込むのです。

その上で「ライティング力」は最上のスパイスとなる。

じゃあどうすれば身につくのか?

今回は、そのへんの基本的なコツを述べたいと思います。

 

うさんくさい文章が読まれない理由

極めて基本的なことですが、「うさんくさい文章」ってのは論外であります。ライティング云々する以前の問題ですね。

運よく目に止まったとしても、うさんくさければ即離脱です。それを最後まで読んでくれるのは物好きかヒマ人だけ。

スマホ画面の向こう側の方々は基本的に多忙なんだと。自分を振り返ればわかると思います。

そもそも何故「うさんくさい」文章が仕上がるのか?というと、それは書き手自身がうさんくさいからであります。

文章は正直で、書き手の人間性がモロにあらわれる。書き手がクソ真面目であればクソ真面目な文章が仕上がるし、書き手が面白ければ文章も自然と面白いものに仕上がるでしょう。

書き手がうさんくさければ、当然ながら、その文章もうさんくさくなります。

以下に、うさんくさい文章の特徴を3つばかりあげてみましたので、心当たりのある方はこれを参考に改善してみよう。

 

うさんくさい特徴1|実物以上に自分を大きく見せる

うさんくさい文章の代表格ともいえるのが、自分を実物以上に大きく見せるような文章ですね。

ウソはよくない。

虚栄にまみれた文章の醸し出す「うさんくさい」はハンパないものがありますよ。

特にお金絡み系が多いでしょうか。たとえば「誰でも稼げます」系や「1日1万稼げます」「マルチ商法」系などは、うさんくさいにもほどがあります。

べつに大口叩いてもいいんですよ。

言論の自由があるんだから。でも口でいうほどに彼らは稼いでいるのか?といえば、実際はそんなでもないはず。

稼げているかどうかは、その人の「文章」を読み込めばなんとなくわかるし、大言壮語に足るほど稼いでるサイトというのは、僕の見るかぎり少数派ですね。

悪質なアフィリエイターなんかもそう。

お金を得たいがために、自ら体験してもいないことをさも実体験したかのように見せかけるのは、あつかましいにもほどがありますよ。

まぁそうした記事ってのは、商品の規格程度しか書くネタがないため、肝心の「オリジナリティ」を出せない。目の肥えた読者からすれば稼げてないのはバレバレであります。

結果、うさんくさい。

まぁ情弱相手ならばそうしたウソも通用するんでしょうが、残念ながら、情弱にはググる習慣がないため「肝心の検索流入」が期待できない。

おまけにその手の「薄い」記事は検索上位にも上がらないため、検索流入も期待できない。

つまり、背伸びを感じさせる=うさんくさい記事は読まれない(=売れない)ということであります。

 

うさんくさい特徴2|やたら自分を卑下する

なら、へりくだればいいのか?といえばそれも違います。

謙遜するのはいいけど、残念ながら、謙遜しすぎも同程度にうさんくさい。とくに謙遜を超えて自分を卑下するような文章は「うさんくさい」を超えて「不快」ですらありますね。

はっきり言いますが、自虐ネタで相手を惹きつけるのは高等技術ですよ。少なくとも素人の駄文で使えるようなものではないと考えます。

謙虚=美徳なのはわかりますよ。

でもそれが通用するのはあくまでリアル社会だけで、ネット上では逆効果以外の何ものでもない。

書いたものはね、書いたとおりにそのまま受け取られるんですよ。

「まだまだ未熟者ではありますが…」
「駄文でもうしわけありません」

などとへりくだった記事を見かけますが、そうしたコンプレックスは異常なく全てそのまんま読者に伝わります。

(未熟者の駄文など読みたくねーわ)

で即離脱。終了です。

(実はそんなアホじゃないけど一応は謙虚に攻めます)ってなスタンスなんでしょうが、そうした「わびさび」を汲み取ってもらえるのはリアルにおいてのみ。

行間の間を読みとってくれるヒマ人はネット上にはいません。

 

うさんくさい特徴3|ジョークがつまらない

ジョークで読者を和ませんとするその「心づかい」、嫌いじゃないですよ。ただし、

 

面白ければね?

 

つまらないジョークや下ネタは相手を和ませるどころか、逆に不快感を与えかねないのです。会話でもそうなんだから、文章においてはなおさらですよ。

勘違いしてる人が多いので言っておきますが、笑いをとるのは高等技術なんであります。

人が面白いと感じるその裏側には、あなた方が思いもよらない高等技術が駆使されている。だからこそ笑いがとれるのです。

あなたよりも優秀で役者が上だからこそ、多くの人を笑わせることができるんです。

文章とて同じこと。笑いをとれる文章はボンクラにはまず書けない。

文章で笑わせるには、相応の「ライティング力」「表現力」「相手の心を読む力」が必要になるから。中途半端なモノ書きには逆立ちしても無理な芸当なんであります。

つまらないジョークは全てを台無しにします。

いくら真っ当な論を述べたところで、途中のジョークがつまらなければ内容にケチがつくのは必至であり、スベるくらいならハナからジョークなど差し込むべきではありません。

こういうこと言うと、

(そもそも相手の顔も見えないのに、ウケたかスベったかの反応なんてわからないだろ)

と突っかかってくる方もいると思われるので、僕から一つアドバイスしておきましょう。

 

「リアル」で笑いを取れない奴は、

「文章」でも笑いはとれない。

 

これ真理ね。

 

文章力がない人向け|ライティング力向上の技法

文章というのは、ありのままの等身大の自分で書けばいいんであります。無理な背伸びは「わざとらしさ」を醸し出すもとですよ。

とはいえ等身大の自分で書けといっても、「向上するのを諦める」という意味ではありませんよ。ありのままで書けといってもね、小学生の作文程度の文章力では話にならないでしょ?

多少であれば背伸びも必要と考えます。書くのは自分なんだから、ライティング力を含めて「レベル」は常に上げ続けるよう努めなければなりません。

ここからは、僕が重視しているライティングの技法ついて述べてみましょう。

 

技法1|PREP法

ブログ記事において、論を述べる際に僕がよく使うのが『PREP法』です。

P・・・POINT(要点=言いたいこと)
R・・・REASON(その理由)
E・・・EXAMPLE(具体例)
P・・・POINT(結論を繰り返す)

特に重要なのが最初のP(POINT)ね。

まずは最初に結論を述べると。こうするだけで与えるインパクトは格段に違ってきますよ。

最初の一文は短いほうが望ましいですね。長すぎるとダレてしまってインパクトが薄れる=結論をブチあげる意味が薄れる。

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なるべく短くあるほうが主張がより明確になりインパクトをもたせることができます。

当記事の構成もそう。「文章は読まれてなんぼだ。」と冒頭から簡潔に切り出し、且つ興味を引こうとしているのがお分かりいただけるでしょう?

ウェブ上の文章はいわばプレゼンテーションなんですよ。あなたがプレゼンする相手、スマホ画面の向こうにいる相手はとても飽きっぽい人たちです。彼らを記事に食いつかせるには、まずは要点を最初にブチ上げ、興味を引き、食いつかせるのが適切です。

ただ、これが完全正解なわけではありません。

僕のように文の口調が強めな人にはこうした切り出しは有効ですが、口調が優しすぎる人には抵抗があることでしょう。

であれば、あくまで「序文」という型を保持しつつ、さらっと結論を差し込んでみましょうか。重要なのは『POINT』であって、型にこだわる必要は特にないのだから。

僕の場合、序文でもとことん述べてしまう派なので、最初の一文はせめてインパクトの強いものにしてるにすぎません。

記事タイトルにせよ最初の一文にせよ、訪問者を食い付かせるにはインパクトが必要です。インパクトを与えるには『コピー力』を鍛えることが必要になります。

『コピー力』を身につけるには良質なコピーに触れて感性を磨く(or パクる)のが一番ですが、書き方を理屈で理解したければこの本をオススメしましょう⤵︎

 

 

『優れたコピー力』は僕の目指すところでもあり、日々研鑽してるところであります。

最初の『コピー』にインパクトがあればあるほど、以降の『理由=論』も自然に読み進めてもらえますからね。読まれるか否かは、ほぼ『コピー』にかかっているんですよ。

E=EXAMPLE(具体例)に関しては、必要であれば述べるべきですが、必要が無ければ無理に上げる必要はありません。R=REASON(理由)で納得させられるなら、回りくどくなるだけなので、いっそのこと省くほうが賢明です。

 

接続語はほどほどに

良い文章というのは「誰しもが読みやすい」文章のことであります。

誰しもが読みやすい文というのは、読み手に「違和感」を与えず流れるように理解を促す文章のことです。

文章は音楽と同じと考えましょう。

旋律のおかしな音楽が聞き手にストレスを与えるように、歯切れの悪い文章は読み手にストレスを与えます。よどみのない音楽が聞き手の心を癒すように、テンポの良い文章は流れるように相手に理解を促す。

文章にテンポを持たせる上で、重要になってくるのが「接続詞」の扱いです。

・さて
・そして
・そこで
・また
・しかし

接続語というのは文と文を自然につなげるのに有効ですが、使い過ぎると全体が陳腐化します。

「さて」は、脱線した話をもとに戻す場合 or 本題にうつる場合に使われる接続語ですね。文章に締まりも出せるので、とても便利な接続詞ですが、有効に使えるのは序盤の一回のみです。2回目の「さて」はあり得ない。

「そして」「そこで」「また」は、似たような意味合いの文と文をつなぐ接続詞ですが、これらは無理して使う必要はないと考えます。

僕が使うのは、文の流れがスムーズになると感じる時だけ。むしろ削ったほうが、全体の流れがスムーズになることのほうが多いですね。

「しかし」や「だが」は逆説の表現です。

前後の意味合いが違う文章をつなぐ接続詞なので、さすがに省くことはできません。が、多用は禁物です。使いすぎるとわけわからなくなり文章が崩壊しますから。

もし多用しそうであれば、使わなければならない「状況」自体を削りましょう。つまり、思いきってその部分を削ぎ落としてみよう。

 

句読点の挿入

極めて重要なのが、(。)や(、)やなど句読点です。句読点の扱い一つとっても、秀逸な文章と駄文とではその差は歴然ですよ。

句読点を適切に使えば、文章にスムーズな「息継ぎ」を与え、全体に「テンポの良さ」をもたせることができます。

だからといって使いすぎると逆効果になりかねません。あまりにくどいと「テンポ」を与えるどころか稚拙な駄文と化します。

特に読点(、)の使いすぎはアウトですね。「テンポ」は確実に悪くなり「読みにくさ倍増→即離脱」コース直行です。

読点(、)を多用するくらいなら、いっそのこと句点(。)で一文を短く切ったほうがまだマシです。

句読点の扱い方のサンプルを見たければ、「本記事」をもう一度最初から読んでみよう。

 

長文の使い方

一文は短く。これは文章技法の基本であります。

短く切られた文章は「テンポ」が良い。「テンポ」の良い文章はわかりやすく読みやすい。スムーズに読める文章は、例外なく、適切に短く区切られています。

・一文を短く切る
・単調な「ですます調」をなくす

これだけで、ヘタクソな文章でもそれなりの体裁にはなりましょう。

が、それにも限度があるわけで、短くてポンポン読みやすいとはいえ、それだけでは文章技術が向上したわけではありません。ヘタクソなのをただ誤魔化してるにすぎないわけで。

「説得力」と「美しさ」を文章全体にもたせるには、長文を差し込む必要があります。そして長文を書くには高等技術が必要です。

高等技術ではありますが、文章力で上を目指すには避けて通ることはできません。

ただし、これも多用は禁物です。

書けるようになったからといって、調子に乗って長文で埋め尽くせば文章全体がカオスと化してしまいます。「息継ぎ」がないため、読み手に無用のストレスがかかってしまうと。行き着く先は「即離脱」と。

 

過ぎたるは及ばざるが如し

 

長文を続けるのは多くても2文までに止めましょう。

「息継ぎ」の意味合いを兼ねて、次の一文には短文を差し込むべきです。絶妙な「息継ぎ」は「テンポ」を生み出す。つまり、短文が句読点の働きをするというわけですね。

誤解のないよう念のために言っときますが、読点まみれの長ったらしくて読みにくい文を長文とはいわないからね?

 

長文と短文の配合に関しては、こちらの記事を参考にしてほしい⤵︎

元カノを忘れられないのは、そこに最盛期だった自分の面影を見出すから

 

実践でしか、文章力は向上しない

冒頭でも述べたとおり、文章は読まれてなんぼです。読まれない文章には存在価値がありません。

読まれる文章が書けるようになるには、まずは「型」を知らなければなりません。「型」を知るには「学び」が必要になる。そして「学び」以上に重要になるのが「実践」であるのは言うまでもありませんね。

文章力は実践でしか磨かれない。トレーニングなんて要らない。

練習するヒマがあるなら書いて公開することです。

恥をかいてもいいじゃないですか。最初から上手く書けるのは「天才」だけで、ほとんどの人は最初は拙いもんです。

 

PS.少し具体的な手法が知りたければnoteにも書いてます。書き方に関し、僕独自の考察などを書き記しているので、こちらも是非読んでいただきたい。200円と激安なので損はないですよ。

 

 

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